Mai Kuraki :Grow,Step by Stepジャケット

〜「Grow,Step by Step」〜 Mai Kuraki 5th Anniversary Edition

去年の5月、倉木麻衣のLiveに行って来たが、その時のツアーのDVD。 実際に見た印象は、正直言ってがっかりという感じだった。 「こんばんわー」と、呼びかける言葉さえかつては一生懸命で、 声が通らなかろうが、ヘタだろうが、そうした彼女特有のうぶさが 魅力であったのだが、それが失われてしまったという感じ。なので このDVDもそれほど期待はしていなかった。ところがだ、これは大きな誤算だった。

WOWOWで放送された立命館での“Rits 倉木麻衣メモリアルライブ2004”、 それに倉木麻衣自身による作品解説があるのもうれしいのだが、なんと言っても “Wish You The Best〜Grow,Step by Step〜”のLiveがいい。札幌のステージと は大違いで、非常に熱気あるステージになっている。もしかすると、札幌は ツアーの初期だったせいで、今いちだったのかもしれない。

当然と言えば当然なのだが、今までのLiveの中で一番歌がうまいので、どの曲も 非常にいい感じだ。特に、個人的に一番思い出深いデビュー曲、 「Love, Day After Tomorrow」を初めてCDと遜色ないレベルで歌ってくれた。 これが何よりうれしかった。

デビューの時からリアルタイムでつき合ってるミュージシャンなんて、 最近では彼女くらいしかいなくなったが、このDVDを見ながらつくづく「大人になった なぁ」と感慨深かった。あの倉木麻衣が、もう大学卒業なんだもんなー、って感じだ。05/6/7

live tour 2004 TRAVELER ジャケット

〜「live tour 2004 TRAVELER」〜 hitomi

hitomiのLiveに行って来た。

hitomiを意識したのは「Love2000」から。シドニーオリンピックで、日本女子初の マラソン金メダルを獲得した高橋尚子さんが、レースの朝にウォークマンで聞きながら 踊っていた曲としても脚光をあびた。「悲しいニュースと、どうでもいい話。 朝からそんなのうんざりね」。へえー、おんなじこと思ってる、と共感をもった。

それにしても、「なんで札幌市民会館なんだろう」と思ったが、もともと彼女は小さな Liveをこなしながら大きくなったタイプのはず。これが、基本なのかもしれない。 いずれにしろ、小さな入れ物でやってくれたおかげでLiveHouseみたいで楽しかった。 バスドラの爆風で服が揺れる感じがしたのは実に久しぶりだった。 至近距離からみる hitomiは、ほんとにカッコ良かった。惜しみなく出した足も、 ドレス姿も。

入物が小さかったせいで、語りの時は普通に質問が飛んでいた。

「昨日、お寿司を食べたんですけど…」

客 どこでー? なに食べた? 回転寿司?

hitomiは、えびが好きで、マグロも赤身が好きで、 安上がりの女だそうだ。トロとかはダメだそうだ。どうでもいいことだが、 私もマグロは赤身が好きだ。   04/7/2

DVDは去年のこのツアーを収録したもの。05/6/7

ライブ・フロム・レコード・プラントジャケット

〜「Live From The Record Plant」〜 Lee Ritenour & Dave Grusin

ライブDVD。リー・リトナーもさることながら、デイブ・グルーシンがとにかく かっこいい。既にじいさんの領域に踏み込んでいると思うが、軽やかな 指使いとリズム感には感心する。3曲目「マウンテン・ダンス」は特にカッコイ。 さわやかなメロディーと心地よいシンコペーションにうっとりという感じ。 こんなじいさんになりたい、と思わせてくれる。

タイトなドラムも一見の価値あり。カルロス・ヴェガ。 スティーブ・ガット、ジェフ・ポーカロ以来の感動を受けた。04/9/2

ウイ・アー・ザ・ワールドジャケット

「We are the world」〜The Story Behind The Song〜 USA FOR AFRICA

1985年、アフリカ飢饉救済のために作られたチャリティーレコードの ビデオクリップ、及びメイキングビデオのDVD化。

レコーディングに先立ち、この企画の源流とも言うべき「Do they know it's christmas」 の発案者ボブ・ゲルドフにより、参加者にアフリカの現実が伝えられる。 零下10度の寒空の下、かけるものもなく地面に横たわり、死んで行く人々。 独裁政権の倉庫には何10億トンもの食料が保存されているにも関らず、 わずか15袋の小麦を27,000人余りもの人々が分け合う。彼ら一人の命を救う 値段は、なんと7インチレコード一枚分でしかない。

レコーディングは長時間に及び、朝を迎えた。「もう朝だ。家に帰りたい」と バナナ・ボートが口ずさまれる。一緒に参加していたハリー・ベラフォンテの大ヒット曲だ。 苦笑するハリーを尻目に、皆が歌い、笑い転げる。

コーラス録りの後はソロ。物音ひとつ許されないピリピリした空気の中、レコーディングが 始まる。突然STOPがかかり、自分のせいかとヒューイ・ルイスがドキリとした時、 シンディ・ローパーのアクセサリのノイズが注意される。ジャラジャラジャラ、 と外し始めるシンディに笑いが起こり、皆の緊張がほぐれる。もしかしたら、シンディは 影の立役者かもしれない。

後に、今は亡きレイ・チャールズのソロなどを再録して完成したビデオクリップは、一見の 価値がある。彼らが集まった理由は悲しむべきものだが、できあがった音楽はすばらしい。 このビデオクリップに出会えたことを感謝したい。04/7/17

クイーン・ジュエルズジャケット

〜「JEWELS」〜 Queen

Queen「JEWELS」を見た。Queenと出あったのは、確か中一の時。デビュー曲の 「Keep yourself alive」がラジオのTOP10で1位になった。1974年のこと。 Deep purple 「Burn」が1位になったのもこの頃だった、と思う。

今、なぜか空前のQueenブームだが、もともと日本人はQueenが好きだ。 世界中で Queenが最初に売れたのは日本だった。本国のUKより前に評価してくれた 日本を彼らもまた愛している。日本公演でFledyが着物を着て歌ったのはその現れだし、 「TEO TORRIATTE (Let Us Cling Together)」で日本語の曲名、歌詞を使ったのもその せいだ。

「Killer Queen」、「Bohemian Rhapsody」と出あった衝撃は未だに忘れられない。 なんてチャーミングな曲だろう、なんちゅう型破りな曲だろう、という印象を受けた。 「Killer Queen」は今なおその輝きを失っていない。恐るべき名曲だ。

1979年、3度目の日本公演。札幌真駒内アイスアリーナでそのLiveを見た。 前日、既に一回Liveを行い、札幌に滞在していた彼らを偶然街で見た。 グランドホテルから車で出てくるところ。間近で見ると、彼らは別の生物のようだった。 ブライアン・メイは彫像ではないかと思った。

Liveではフレディが客席に下りて来た。彼のサングラスを頂こうと、私も突進した。 が、警備員にもろにガードされ、あと30センチというところで手が届かなかった。残念。 帰り道、客席に投げたタンバリンを持っている奴を見かけた。う、うらやましい …。

「JEWELS」を見て、今さらと言えば今さらだが、なるほどフレディはすごいな、と思った。 バンドの顔として個性を発揮するボーカルは多いが、あの個性はなるほど不世出と言われて もおかしくない。彼が死んだ、というニュースを聞いた時は、さびしいな、とほんとに思った。 が、今の状況を見ると、どうやら彼は死んではいないようだ。

人はいつ死ぬと思う?

人に忘れられた時だ。(by ドクター・ヒルルク) 04/06/27