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2005年06月29日
脂肪燃焼計画4
昨日、今日と走って、今週も順調に減っている。成果が見えるとやる気も違う。今までで一番重い体重だから、毎日走ると膝を痛めないか心配だったが、ここ3年ほど似たような体重で走っていたおかげで、問題ないようだ。晩飯前に走ってくると、不思議といつもほど食いたいと思わない。チャンスなので食事も若干減らしている。いいことずくめのようだが、一つ心配なのが、痛風だ。4年前に週に3、4日走ったらなってしまった。まさか痛風なんてかかると思ってなかったから、どんな病気かわからずねん挫でもしたのかと思った。右足がいいだけ腫れていた。あれをやると、しばらく何もかもがあずましくなくなってしまう。心配だな。
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2005年06月28日
やっぱり言った 谷亮子さん
ママでも金。やっぱり言った。「谷でも金」の合い言葉で、みごとそれを達成した前回オリンピック。その後、次は絶対こう言うと嫁さんに予言し、みごと的中した。
それにしても、さすが谷亮子さん。ケタが違いますね。
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2005年06月27日
脂肪燃焼計画3
先週の札幌は暑かった。さっそく脂肪燃焼のチャンス!とばかり、土曜を除いて毎日走った。間にワールド・ユース、コンフェデカップがはさまったから、きついの眠いのって。しかも、最初の二日は、かえって体重が増加したのにはあわてた。食前に走ると、食後に体内に蓄積しようとする働きが強くなって、逆に良くない、なんて話もあったから、もしやそれか?と心配した。二日であわや1キロ増という勢いで増加したのにはほんとに驚いた。
が、水曜に走った時は、明らかに脂肪が燃え始めているのが体感できた。翌日から、ウェストが緩くなって来たのも体感できた。昨日は、休みでかつ暑い日だったので、ここがチャンスとばかりいつもより一回り距離を伸ばして8キロくらい走ってみた。予想通り、効果は抜群。走り終えた時は、走る前より1.5キロ減の64キロジャストだった。66キロから、早くも2キロ減だ。
とはいえ、その大半は汗で水分が抜けただけのこと。正味は今日になってみないとわからないと思いつつも楽しみにして体重計にのってみると、65キロ。1週間で1キロ減った。毎日走って走力がついたので、昨日のように休日の暑い日に一気に燃やせるようになったのが大きい。こうなれば、こっちのもんだ。目標クリアは夢ではない。
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2005年06月26日
スター・ウォーズ エピソード3 part2「やっちまった」
A long time ago in a galaxy far, far away …
オープニングの一瞬の静寂の中に浮かび上がるこのフレーズがとても好きだった。エピソード2の時はビデオが出るまでのつなぎにと遊びでペーパーバックを買って来た。結局全部は読まなかったが、今回はアナキンがダークサイドに取り込まれるあたりをどう描いているのだろう、と興味があって衝動的に買って来た。果たして、映画の時間的制約なのかどうなのか、原作を読めばもう少し何かがわかるかもしれないという気持ちだった。ところが…。
このブログの記事を書こうとして初めて知ったのだが、このペーパーバック、子供用だ。アマゾンに9-12歳児ってあるから、なんのこっちゃと思ったら、表紙にも「SCHOLASTIC」って書いてある。おいおい、マジかよ。そんなもん、洋書のコーナーに偉そうに置いとくなよ、まぎらわしい。ちゃんと、「子供用だよ」ってフダ立てて、童話のコーナーにでも置いとけ、バカヤロー!原作と子供用じゃ、まったく話が違うやんけ。洋書コーナーにありゃ、誰だって原作だと思うやんけ、となりにハードカバーもあるし!ピーター・パンでも横にありゃ気付きもするだろうが、クソったれ。ああ、腹立つ。
エピソード2(これもやっぱり9-12歳児用だった)を読んだ時、映画を見て話を知っているし、もともと文学的ってタイプの話でもないから、意外とそれなりに読めるもんだ、なんて思っていた。でも、なんぼ映画のペーパーバックっても、短いし、スカスカすぎないか?これじゃ、ただストーリーが書いてあるだけ、って感じじゃーん。なんて、いい気になっていた自分が恥ずかしい、あぁ。
今回もそうだ。また、結構短いんだな、と最初に思った。ああ、その時気付くべきだった。なぜ、気付かなかったのか、うかつだった。ああ、うかつだったぜー(カバ丸風に)。
しかし、よりによって、9-12、「歳児」って。それで、結構わかるもんだな、だのと感じつつも、充分苦労しまくってた俺はいったいなんなんだ。文法はたいしたことないから、単語レベルでどうにかなるな、って、当たり前だボケ!9-12歳児用の文章に文法もクソもあるかってんだ。
今回のは、特にスター・ウォーズシリーズの核心となる部分、アナキンがダークサイドに取り込まれる、いわば大人の話だ。そして、その核心を読み解こうという気合を入れて買っただけに、9-12「歳児」はこたえた。すごく、傷ついている。あまりのショックに、ダークサイドに取り込まれそうだぜ、ったく。こんなヘビーな話をそもそもガキに翻訳してまで読ませる必要あんのか?あ?(摩邪風に)
これが正真正銘の原作だ。もはや、読まずばなるまい。
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2005年06月25日
スター・ウォーズ エピソード3
先々行上映を見てきた。札幌ファクトリー、ユナイテッド・シネマ。ここでは何本か見たことがあるが、シネマ11で見るのは初めてだ。スクリーンがでっけー。しかも距離が近いからすげー迫力だ。おかげでオープニングの宇宙船の戦闘シーンはものすごかった。映画自体も今までより臨場感を感じさせる作りになっていたように感じたが、実際はどうなんだろう。私はすいてる映画館が好きなので、設備にはまったくこだわらないのだが、この映画はどうせ見るなら設備のいいとこで見た方が絶対良い。いや、すげーのなんのって、そりゃもう…。
ダース・ベイダーの衣装をまとったキャラクターも登場してカウントダウンで始まった。こんな演出も初めてだったが、その映像は間違いなくシリーズ最高傑作だ。エピソード1、2さえも遥かにしのぐ出来栄えと感じた。心地よくその映像美、ストーリー展開に身をゆだねていたが、アナキンがシスに寝返るあたりは予想通り強引で無理があるな、と感じた。理屈はわかるが説得力が足りない、という奴だ。
大枠のストーリー構想力はすごいが、細部はアメリカ的に大雑把というのが今までの実績だし、もともと中味を求めるような種類の映画でもないから、それはそれで良しとしなければ。後はこっちが想像力で補えばいいだけの話だ、と思っていた。エピソード1も2もそうだったし。だが、最後のオビ・ワンとの戦い。彼がダース・ベイダーのあの姿に変わる、その理由と同時に、姿だけではなく心が変わったその理由も、あのシーンを見てわかったような気がした。すさまじい、だが、どうにもやりきれないシーンだった。
アナキン・スカイウォーカーは、やさしい。母にたいしても、パドメに対しても。人一倍愛する人を大切にする。だが、感情的に過ぎる。それが、彼が暗黒面に取り込まれた最大の理由だ。この世のものごとは、明暗両面を持っている。愛情と見えるものの裏側には憎悪がある。愛しあって結婚したはずの夫婦、親しかったはずの友人達の方が、いったんこじれれば普通以上に憎しみ合うというのは分かりやすい例だ。愛と憎悪は同じものの裏表だ。感情に距離をおけないアナキンの場合、愛情が憎悪に変わるのは時の運だ。そして、感情べったりだから、その感情のためになら何をしでかすか分からない。なるほど、ダース・ベイダーと成り果てた訳だ。その伏線は、エピソード2の時から周到に張られていた。
憎悪はもちろん、愛情をも相対化して感情に流されないこと、常に理性的であること、それがジェダイのあり方だ。アナキンはそうした崇高なジェダイに憧れはしたが、残念ながらそういうタイプではなかった。それが、彼の不運、ダークサイドへの罠というべきか。だが、シリーズ全体でみると、ジョージ・ルーカスはそうしたアナキンの感情的な部分こそを、人間的な部分としてジェダイ以上に大切にしていたことがわかる。そもそもの発端がそうではないか。エピソード1のクワイ・ガン。オビ・ワンが繰り返し危険を説いたにも関わらず、アナキンをジェダイに引き込んだ。どう見ても理性的とは言えないクワイ・ガンの行為。ジェダイ失格と言われてもしょうがない、クワイ・ガンの人間的な部分、そこからすべては始まっている。そして、クワイ・ガンが好きで好きでたまらなかったオビ・ワンは、師の教えを守ってアナキンを育て、その愛情故にダークサイドに落ちた彼を殺すことができなかった。すべてはそのようにつながっている。そして、その連鎖の果てにフォースのバランス、調和が訪れた。それが、ルーカスの、というかスター・ウォーズの思想ということなのだろう。
どうにもやりきれないので、口直しにエピソード4を見てつなげてみた。ちょっと、気分が変わったが、ダース・ベイダーを見ると、あの中に、あのアナキンがいるのだ、と思うとやっぱりブルーになってしまった。そうそう、エピソード4のオビ・ワンの最後。死んだのか、どうなのか、当時いろいろ物議をかもしたのを覚えているが、その謎が今回のエピソード3で解けた。
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2005年06月24日
コンフェデレーションズカップ 対ブラジル戦2
日本が浮かれ騒ぐのは当然として、世界のメディアはどう報じたのだろう。そう思い、ネットを漁ってみた。
アメリカはもともとサッカーに興味ない国だし、イギリスは参加してない上にウィンブルドン一色で、コンフェデなど知ったこっちゃないって感じ。ドイツのは見たところで何書いてあんのかわからないし。という訳で、そもそも記事すらあまりないという状況で、あってもどれもニュースソースが同じなのだろう、書いてることもほとんど同じだった。だらしないブラジルに対し、日本はあきらめずに最後まで果敢に攻めた。日本は賞賛に値するすばらしいゲームをしたという内容がほとんどだった。それはそれでうれしいのだが、中で、以下のサイトが目に付いた。記事は試合経過しか書いてないのだが、最後の書き込みがうれしかった。特にマレーシアからの書き込み。名前からして日系人かな。
日本は見せてくれた。彼らが楽勝の相手ではないことを、アジアのサッカーが世界と肩を並べるまでになっていることを。アジアの巨人はもう世界を相手にすることができる。よくやった日本。胸を張りなさい。
http://www.soccerway.com/news/full/?page=details&area=1119474938
アジアからのメッセージだけに、とてもうれしい。
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2005年06月23日
コンフェデレーションズカップ 対ブラジル戦
よし!、といきなり盛り上がった加地のゴールがオフサイドで取り消されたのはなんとも痛かった。その後、ロナウジーニョを中心にいいように攻めつぶされ、当然のように先取点を奪われてしまっただけになおさらだった。ブラジルの攻撃は止まることを知らず、日本の劣勢が続く。また、このまま点を取れずに終わるのか、あのシュートは惜しかったって話しかできんのか、そんな思いを吹っ飛ばしたのが中村の目のさめるようなミドルシュートだった。これは素晴らしいシュートだった。感動した。とうとう世界のゴールの硬い扉を力でぶち破った。そんな会心の一撃だった。
たぶん、見ていた私以上に、選手達自身が「やれる」という気持ちになったのだろう。加地の幻のゴールもプラスになり、「まだ、取れる」という強い意識が芽生えたように思う。ブラジルの怒涛の攻めに追加点を取られながらも、気落ちすることなく反撃を続け、少なからずブラジルのゴールを脅かした。土壇場で追いつき、ひっくり返したアジアカップのバーレーン戦の時のように、あきらめない選手達の気持ちが感じられた。
たぶん、そのせいだろう、日本がブラジルゴールに迫るたびに歓声が湧き上がるようになり、後半には会場に「ニッポン」コールさえ響いた。こいつらは追いつくかもしれない、そんな期待感が渦巻いていたように感じたのは私だけだろうか。中村のフリーキックから大黒が押し込んだ場面では最高潮の盛り上がり、ブラジルを下す「ワンチャンスを待つ」、期待した最高の場面がやってきた。
予想はしていたが、性懲りもなく柳沢のぼんくらが先発で使われた。結果はどうあれ、最初から大黒を入れてほしかった。後半ロスタイム、ゴール左にその大黒と中田がほぼフリー。クロスが入る。大黒がヘッドで合わせる。その行方を見守るほんの一瞬。この瞬間は本当に最高だった。素晴らしいゲームだった。
それにしても、恐るべし、ロナウジーニョ。前回のワールドカップの時もすげー選手だと思ったが、当然のことながらさらに凄さを増していた。どこを見ても彼がいる、そんな圧倒的な存在感だった。だが、彼の後半のロスタイムに入った時の顔。すさまじい気迫の形相だった。彼とここまで渡り合った日本代表に拍手を送りたい。だが、選手達はたぶん、私以上に「勝ちたかった」に違いない。
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2005年06月22日
U20ワールドユース 対モロッコ戦
互いに互角のいい勝負だったが、やはり点を取れる時に取れなかったのが痛かった。前半。立ち上がりこそ点を取りに来たモロッコに押されたが、それをしのいでからは日本が押していた。が、バーをたたいたカレンの2本のシュートに象徴されるように、ついにチャンスを点に結びつけることができなかった。明確な実力差でもないかぎり、こういう決定機を逃したチームに勝利はない。後半ラストの平山の2本のシュートも枠に飛ばなかった。いやな予感が的中した。
全体的に、モロッコの方がボールにしぶとかった。なかなか取られないし、あきらめない強さがあった。最後の失点は、そのモロッコのしぶとさに日本の甘さを突かれたという感じか。平山がトラップで落としてから失点に至るまでの一連のプレー。時間もないし、敵陣だし、モロッコは明らかに狙って来ていた。ここは、攻撃プラス危機回避の意味も含めて、あいまいなプレーをせずにはっきりと前線へボールを出すべきところだった。それを、自陣で安易に回したためにボールを奪われての失点だった。危機感があきらかに足りなかった。まるで、ドーハの悲劇の最後を見るかのような、甘さがあった。
だが、このチームは悪くなかった。点を取りに行く姿勢があったし、枠に飛ばす力もあった。パスすること、ペナルティエリアで転ぶことがサッカーと勘違いしている柳沢らがFWに立つ代表に比べれば、はるかに闘争心に満ちたチームだった。平山のポストプレーは充分通用していたし、中村北斗はここで前線に出せればベッカムばりというパスを通してみせた。みんなまだまだこれからだ。がんばってほしい。
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2005年06月21日
脂肪燃焼計画2
先日、健康診断を受けたところ、体脂肪率が22.3%もあった。ガーン。基準の取り方にもよるが、どうやら軽度の肥満と判断していい数字のようだ。ところが、私は見た目も体重も明らかな痩せ型だ。実際、10年前は今より4キロくらい体重が少なく、体脂肪率も15%かそこらのはずだった。当時と比べて、太くなったのはウェストだけで他の部分はまったく変化がない。ということはつまり、この10年で身に付けた肉はすべて脂肪で、かつそれは腹にのみ集中的にへばりついたということになる。そんな今の私は、まさに正真正銘のれっきとした隠れ肥満というやつなのだ。
では、いったいどの程度の肥満なのか。ネットを漁ってみたところ、以下のページが目に付いた。
知的に痩せよう
うん、いいタイトルだ。私にぴったりだ。さっそく内容を見てみる。
「SETP1.自分を知る」。
すばらしい。まさに望むところだ。まずはBMIによる測定。身長176センチの私の標準体重は68キロ。対して、現在の体重は66キロ。BMI値は21.3で標準値、肥満度も正常だ。だが、これはこの10年で脂肪を4キロ蓄積した結果のまやかし。体重だけみれば正常だが、22.3%という体脂肪率が動かぬ証拠だ。
このページを見るまで迂闊なことに気づかなかったが、体脂肪率が分かっているということは、それに体重をかければついてる脂肪の量がわかるのだ。なぜ、こんなあたり前の事実を見落としていたのか。おそる、おそる計算してみる。すると、オー、神よ。14.7キロもあるではないか。ちなみに、10年前の62キロで体脂肪を10.7キロとして逆算してみると、体脂肪率は16.1%。そう、確かにこれくらいだったのだ。ということは、やはりこの10年で身に付けた4キロはすべて脂肪の塊だったのだー!
1キロのジンギスカン用のラム肉。これはすぐに想像がつく。直径15センチ、高さ20センチくらいの肉量だ。あれの、4倍が腹の周りについたのだ。信じられん…。しかも、脂肪は赤身より軽いから、実際の量はもっとだ。いやー、おいおい、かんべんしてくれよ、って感じだ。そんだけの肉を食うのは簡単だが、減らすとなると話が違うぜ、ったく。いっそ、自分で食ってしまえるものならば、あぁ。
これもすべてビールが悪いのだ。分かっている。分かってはいるけどやめられない。となれば…。
「燃やすしかないよ」。(ナウシカのおおババさまの声)
では、何キロ燃やせば良いのか。再び、さっきのページで計算。結果は3キロと出た。目標にしていた数字とほぼ同じだ。よーし。腹周囲的体脂肪燃焼上等。楽しみができた。必ずやったるぞー!
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2005年06月20日
脂肪燃焼計画1
冬場に運動をしないおかげでたまった脂肪。例年なら雪がとけて休日走れるようになると減少したものだが、今年はなんとかなるだろう、とタカをくくって朝からビールをかっくらう日々も増えたせいで、いつもより1キロオーバーしてしまった。おまけに脂肪を燃焼させる走力、代謝等の衰えもあり、休日に4、5キロ走る程度ではどうにもならないようだ。天気や寒さのせいで、走れない日も多かったし。このままでは、結局たいして脂肪を減らせないまま冬に突入して、さらに脂肪を溜め込む悪循環に陥る。なんとかしなくては…。
という訳で、脂肪燃焼計画。平日も気が向いたら走って代謝を高め、暑い日が来たら一気に脂肪を燃やしてしまおう。今日は、手始めとして晩飯前に走って来た。意外と爽快だ。なんか、手応え十分って感じだ。今年、初めてのつばめを見た。
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2005年06月19日
「Somebody to love」~フレディ・マーキュリー追悼コンサート~
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この間、たまたま中古でGeorge Michael & Queenの「Somebody to love」を見つけた。フレディ・マーキュリー追悼コンサートの時のものだ。これ、シングルとして発売されてたんだ。1992年。当時、たまたま札幌の中山峠のパーキングでかかっているのを聞いた。てっきりラジオの特集番組だと思っていたが、CDだったんだ。
フレディ・マーキュリーのあまりの個性故に、彼なき後、もはやQueenをLiveで見ることはあり得ないと思っていた。彼の歌った歌を、Queenの演奏で歌えるものなど、いるはずがない、そう、思っていた。だが、当時、思いがけなく耳に飛び込んできたジョージ・マイケルのボーカルは、まさかフレディの曲を歌える奴がいるとは!と思わず唸らせる素晴らしいものだった。今回、CDを聞くにつれ、どうしてもLiveが見たくなって、とうとう買って来てしまった。
Queenの曲の中で、何が一番好きか?そんなことを問われても、リアルタイムでつき合った仲の人間には答えは出ない。その当時の自分の人生と分かち難く結びつき、いっしょに進んで来た仲だから。キラー・クイーンの衝撃、ボヘミアン・ラプソディーの驚き。ウィー・ウィル・ロックユーのカッコ良さ。どれもみな素晴らしい。だが、もしかすると、私は「Somebody to love」が一番好きなのかもしれない。
中学3年の冬だった。「A day at the races」。そのB面のトップが「Somebody to love」だった。発売日は猛吹雪だったが、そんなことはもちろんなんの障害にもなりはしない。買って来たレコードに、かじかんだ手で針を落とした。今でも忘れない。当時はまだゴスペルなんて、誰も知らなかった。あの躍動する3連符に、私は強烈に魅かれた。前回の「A night at the opera」があまりに素晴らしかったから、もう、Queenは頂点に達してしまったのではないか、そう心配していたものだが、そんな私の不安を吹き飛ばしたのが、この「Somebody to love」だった。
声の質なども考慮して曲を選んだのか、登場するボーカル、みんな良い。ロジャー・ダルトリー、ズッケロ、ゲイリー・シェロン、ポール・ヤングなどなど。ライザ・ミネリ、ツェッペリンのロバート・プラントなんかも出てる。驚いた。中でも驚いたのは、ユーリズ・ミックスのアニー・レノックス。彼女がQueenとつき合いがあるとは。しかも、デビット・ボーイとのデュエットってのには、さらに驚いた。相変わらずビジュアル的には、フレディも敵わない。恐れ入りました。
それにしても、デビット・ボーイ。普通、この場でテメーの曲歌うか?しかも、テメーの仲間のギタリストまで引き連れて。Queenの曲が終わり、テメーらの曲を歌う段になって、「お楽しみはこれからだ」って?良く言えんな、そんなこと。ほんと、最低だな。正当化するように、最後に長々演説ぶちやがって。「Do they know it's christmas」の時も、そうだったよな。一人だけ長々演説ぶって、仕切りやがって。俺、お前のそういうとこ、だいっ嫌い。この世はテメー中心に回ってんじゃねーぞ!ブーブーブー。
ジョージ・マイケル、ありがとう。デビット・ボーイの後にあなたが出てくれて、ステージは救われた。'39を歌う時、15歳の時から聞いていたって言ってたけど、そうか、俺と同世代だったんだ。調べてみたら1963年6月25日生まれ。俺より、2つ下か。へぇー。たぶん、Queenのレコードを聞いてたその頃は、俺も、あんたも、それほど変わらない、ただのガキだったんだろうね。でも、あんたは、俺と違って、そのQueenのステージに立つまでになったんだ。すごいね。
「Somebody to love」にはリハーサルのシーンも収録されている。タバコをくわえながら偉そうに見ていたデビット・ボーイも賞賛するように拍手していた。ほんとに、このLiveのパフォーマンスは素晴らしい。たぶん、一世一代のパフォーマンスだろう。そりゃ、そうだ。ティーンの頃に家で聞きながらあこがれた、そのバンドの中で、その曲を歌うんだから。鳥肌もんだろう。でも、あなたは堂々と臆することなく力強いパフォーマンスを見せてくれた。このLiveの最高の見せ場だった。
それにしても、なんというステージだろう。沸騰している。ロジャーのドラムもひときわ熱が入っていたし、観客もひとつになって盛り上がっていた。なんてカッコいいんだろう。ほんとに、惚れ惚れするくらいカッコ良いステージだ。観客を巻き込んでステージを一体化させたそのパフォーマンスは、まさにフレディを彷彿とさせる見事なものだった。ブライアン・メイも笑っていた。まるでフレディのようじゃないか、そんな笑顔だった。正直、あなたの歌った曲の中で、この「Somebody to love」が私は一番好きだ。ケアレス・ウィスパーよりもラスト・クリスマスよりもファーザー・フィギュアよりも何よりも。ゴメンね。でも、そのくらい、ほんとに良いパフォーマンスだった。昨日から繰り返し見ているが、何度見ても素晴らしい。見る度に、その素晴らしさに涙が流れる。ありがとう。
こうして、多くのアーティストとのコラボを見ていると、Queenの懐の深さを感じる。曲も、演奏も。どちらかというと通俗的な印象を持っていたが、今となってはすべてOKか。ロジャー・テイラー、やっぱすごいな。札幌のLive公演を見た時もバスドラが腹に響いて、スゲーと感心したもんだが、いささかも衰えていないって感じ。ブライアン・メイのギター。生家の暖炉から切り出して自作した、伝説のギター。指板の輝きが全然違う。100年だか経ってたって聞いたような気がするが、ギター本体だったか指板だったか。ネックに鉄芯も入れていない、純粋の一本木のようだ。何よりもそのプレー。最近、邦楽のLiveしか見てなかったが、明らかに「ケタが違う」プレーだった。あこがれながら、結局何一つちゃんと弾けなかったな。キラー・クイーンのB面に収められたフリック・オブ・ザ・リスト。すごかったな。
Queenファンなら、そして「Somebody to love」ファンなら、一度は見ておいた方が良い。これは相当良いLiveだ。もちろんGeorge Michael のファンは、絶対見ないとダメだよ。
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2005年06月18日
殿堂3 ~野茂英雄様~
出会えたことへの感謝と敬意を込めて。
日米通算200勝、おめでとうございます。1995年6月2日(日本時間3日)、あの日が始まりでしたね。対メッツ戦、初勝利。好投しながらも勝てない試合が続いて、「大丈夫」と実力は信じていながらも、早く勝たないと使ってもらえなくなるのでは、という余計な心配をし始めていたのを覚えています。四球でピンチを招いては、伝家の宝刀、フォークで自ら招いたピンチを切り抜ける。ハラハラドキドキの、でも魅力あるピッチングでしたね。最後の打者、抜けたか!と思った打球をセカンドのデシールズが好捕してくれたのはうれしかった。あれが抜けてたら、また、勝利が遠のいてしまうところでした。
当時、満塁のピンチを背負ってマウンドに立つあなたを何度見たことでしょう。ここで打たれたら終わりだ、見ている私はいつも心配で気が気ではありませんでした。でも、その都度あなたは、顔色も変えず、堂々とマウンドに立ち、打者を三振に切って取ったものです。そんなあなたは、私には風雪の中に揺るぎなく聳える、大木のように見えたものです。
今年もそうでしたが、マイナー落ちという危機もありましたね。もうダメか、正直、私も最初の時はそう思いました。でも、あなたは、そんな時もやはり、屈することなく堂々と乗り越え、2度目のノーヒットノーランまで達成して見せました。「ああ、この人は違うのだ。この人があきらめない限り、この人は大丈夫なのだ。」そう思ったのを覚えています。ですから、今も、私はあなたと同じように、あなたを信じています。
「目標にされるような数字じゃありませんから」。MLB100勝の時、あなたはそう言いました。たぶん、今回の記録も通過点と考えておられるのでしょう。どうぞ、これからも納得の行くまで頑張って下さい。近鉄の頃から、あなたのピッチングが好きでした。あなたと同じ時代を生き、あなたのプレーを見ることができた幸運を感謝しています。
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2005年06月17日
私はブログが嫌いだ!
私はブログが嫌いだ。ブログがネットをクソまみれにしている。何が、手軽に公開できる日記だ!てめーの手軽な日記なんぞ、誰も読みたかねーぞ、バカヤロー!
自分でブログを書いていながらこう言うのもなんだが、私は他人のブログを読まない。ブログ、というだけでほぼ見る価値はない。時間の無駄だ。文も内容も、スッカスカ。まともにつきあう方が馬鹿げている。(さぁ、さっさと違うサイトに移ろうね。)
そんなブログにつき合わされたせいだろうか、たまに読むプロの文章にとても惹かれる。最近気に入ったのは、中村うさぎ。昼飯を食いに行った店においてある、週間文春の「さすらいの女王」が目についた。これは面白い。今日HPを調べてみたところ、なんでも、印税で5年間に1億円のブランド品を買い、その後はホストにはまって1500万も貢いだとか。うそかほんとか知らないが、これはたぶんホントだ。知性と教養をばっちり身につけたバリバリの俗物。物書きは、やはりこうでなくちゃ面白くない。
http://www.usatama.com/usagi/profile.php
見てみたら、「立ち読み天国」なんてのもあった。なんか、買って読んでみるかな。
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2005年06月16日
「異文化としての子ども」3
今の我々が自明のように感じている「子ども」の捉え方が、実は近代的な社会のあり方、考え方と密接に結びついた歴史的概念であることを述べたのはアリエス、「<子ども>の誕生」だった。目のさめるような驚きと、同時に自分がいかに「曇りなきまなこ」からほど遠い、偏った眼差しを持った人間であるかを感じさせられたものだ。自分を包む入物、時代の物の見方を相対化するのは並大抵ではない。母性本能がやはり「本能」ではなく、歴史的な概念であることを説いたのは誰だったか。我々は、子どもから大人になる過程で、知らず知らずのうちに時代の偏った眼差しを身につけさせられる。それが、広い意味で社会的な人間となって行くための「教育」というものなのだ。
大人の汚さを批判するための、絶対の聖域としてよくもてはやされる「子どもの純粋さ」。たぶん、それも大人の作り出した幻想に過ぎない。真に「子ども」の存在を大人社会に批判的に取り込もうというのなら、子どもイコール純粋、大人イコール不純といった神話に寄りかかっていてはだめだ。それでは、人は生まれた瞬間の純粋さから、歳経るごとに墜落して行くように運命付けられた呪われた存在でしかありえないではないか?
人が生き続けることの意味、成熟を否定する考えは、自殺に行き着くしかない。自己否定だからだ。ただ、生きていればいい、とはさすがに思えないが、死は必ずしも純粋ではない。それは、自分の向かっている大人の世界にしりごみする、未熟なティーンエイジャーの甘美な幻想だ。
とはいえ、ティーンエイジャーの現実もかつてないほど過酷なのだろうか。自殺願望の若者は増える一方だ。もちろん、その反対に、この穢れた世界を楽しげに、優雅に泳ぎ回るティーンエイジャーもまたくさるほどいる。結局は、どちらもこの時代、我々大人たちが生み出したもの、ってことなのだろうか。仮にそうだとしても、卵と鶏の前後を問うようなものだ。我々大人だって、かつては子どもだった、その我々を育てた大人も、かつては子どもだった、その子どもを育てた大人もかつては…。もう、やめよう。
希望。それは、遠い向こうに星のように輝いているものではない。足元にあるものなのだ。
投稿者 gunship : 20:28 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月15日
「異文化としての子ども」2
子どもは、大人とはまったく異なる性質を持った何者かだ。昆虫の世界では、幼虫と成虫がまったく異なる姿形をしている例が少なくないからわかりやすいが、人間の場合は姿形自体はそれほど違わないために、ついつい大人は自分達を見る眼差しを子どもにも向けてしまうのかもしれない。
子どもは、とにかく普通と違っているものが好きだ。わざわざ水たまりを選んで歩く、のぼれそうな縁石があればのぼってみる、くぐれるものがあればくぐってみる、etc。どろんこ、ちんちん、うんこ、べとべとといったものも彼らの大のお気に入りだ。大人が汚い、と言って叱るものこそ、彼らにとっては非凡な魅力に満ちた存在なのだろう。それを感情的に「怒って」みたところで始まらない。もともとそういう存在なのだから。
この先生が「一応怒ってみる」という言葉、感覚を気に入ったのは、そうした子ども本来の性質を暖かく見守りながら、社会的なルールを身につけさせようとする大人の配慮、眼差しを感じたからだろう。感情的に「怒る」のではなく、いわば「叱る」とでもいった感覚か。確かに、子どもを悪者ででもあるかのように、「怒る」大人が昨今多すぎるのかもしれない。
本田和子「異文化としての子ども」Amazonで詳細を見る
投稿者 gunship : 21:09 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月14日
「異文化としての子ども」1
今日の読売新聞のコラム「ぷらざ」から。
"「一応…」心のゆとり感じる言葉"と題して、保育園の先生の書いた文。
連絡帳に、ある保護者が次のように書いてきたそうだ。
「一応、いたずらさせて遊ばせ、一応怒ってみました」
これを読んだ先生、「面白い」と感じ、ある日「子どもは高いところが好きですよね」と言ったお母さんにこう話したそうだ。
「ハイ、そうですよね。高いところにのぼってみたいという挑戦心もいいし、 高いところからのジャンプも足腰が鍛えられていいですね。だから私は 座卓にのぼりたい子どもたちには、一応、のぼらせて遊ばせ、一応怒ってみます」
これを聞いてクスクスと笑っているお母さんを見ながら、"「一応」という言葉は心のゆとりから生まれるものだ"と実感したそうだ。
続く。
投稿者 gunship : 21:22 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月12日
ZARD "What a beautiful moment"4
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参加アーティストが多かったおかげで、いろんなプレーヤーが見れて楽しかった。まぁ、倉木麻衣、GARNET CROWで個人的になじみの人たちも多かったが。ギター、キーボード、ドラムのみならず、バックコーラスの「SATIN DOLL」も倉木麻衣のDVDで見た人たちだった。って言うか、Liveで生で見た人たちだ。
プレーヤーって、かっこいいな。中学の時にギターを弾き始めて以来、未だにあこがれだ。弦のキラメキ、アンプのつまみ、シンバルの光、マイクの網目などなど、見ているだけでわくわくするシチュエーションだが、何よりもその中で演奏するプレーヤーの手元を映し出したシーンが一番カッコ良い。軽やかにフレットを移動するギタリストの指を見ていると、今でも「なんて、素晴らしいんだろう」とうっとりする。
今回のLiveのステージに立ってる人たちなんて、俺がギターを始めた頃にはまだ生まれてないだろうに。俺も、いったい何をやってたんだか、って感じもするが、でもこういうプロのプレーヤーにはあこがれと同時に尊敬もしてしまう。大賀のギター、岩井のコーラス、デイビットのドラム、大楠のピアノ、勝田のサックス…。なんて、すばらしいんだろぅ。Liveは、こういうプレーヤー達のパフォーマンスが見られるから、いっそう楽しい。
という訳で、決めた!「揺れる想い」、「Today is another day」、「負けないで」を練習しよう。DVDを見ながらセッションしたる!特に「負けないで」のギターソロ。あれは個人的に、TOTO「Rosanna]、White Snake「Here I go again」に並んで好きなリフだ。今なら弾けそうだ。プロとのセッション(?)だぜ、やったるぞー!
PS.サックスに興味のある人は、ぜひ勝田一樹の「Today is another day」を見てほしい。その、あまりのカッコ良さに、私は今涙している。
投稿者 gunship : 10:49 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月10日
ZARD "What a beautiful moment"3
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正直に言おう。オープニング「揺れる想い」のとっぱじめのギターのミュートソロ。痛かった。オープニングだけに痛かった。今日、あらためて見ても、やっぱり痛かった。残念…。
謎のギタリスト、貞子。なぜかフライングV。おどろおどろしく伸びた髪、じっと手元をのぞき込む姿勢、ねちっこいビブラート、そして、黒のマニキュア。なんじゃ、ありゃ?と思ったが、そういうのもいれば、エレキバイオリン、パーカッション、サックス。豪華なステージだった。特に、サックスの入った曲はほんとにカッコ良かった。なかでも、「Today is another day」。Liveでこそ映える曲というのがあるもんだが、これはほんとにカッコ良かった。この1曲だけでも、見る価値がある。サックスはダブルキャストだったそうだが、両方の奏者の演奏が収められている。同じ曲が2曲収められてるDVDなんて、初めてだ。勝手な理想的想像だが、ZARDを始め、演奏者達の要望があったんじゃないだろうか。そう思う理由は、見れば、わかる。
「また、会いましょう」。Crusing Liveで聞いたこの言葉を、また聞くことになるとは。今度は、是非、Live会場で聞きたいものだ。ねぇ、泉水さん。北海道と、沖縄でLiveしなきゃ、日本のツアーにはならないよ。日本人なら、ちゃんとそういうこと、理解しとこうね。
投稿者 gunship : 22:03 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月09日
ZARD "What a beautiful moment"2
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とうとうその日が来た。ZARD…。
こんなに、ZARDを見ていられたのは生まれて初めて。幸せだ。会場の奴らは尚更だろう。あのLive恐怖症のZARDが武道館でLiveなんて。
それにしても、ドラムは倉木麻衣、GARNET CROWのバックのデイビット、あのギターはGARNET CROWの岡本。それから、あれはGARNET CROWの古井、って感じで、変だなと思ってそれぞれのDVDを見てみたら、みんな同じB-VISION。なるほど、そういうことか。に、しても、アコースティックが二人、エレキが3人、ベースが二人、くらいは最低いたようだが、さすがZARDは別格という訳か。どうやって、あわせてんだか。
70~80年代に青年期を過ごした私にとっては、ZARDのギターはすっごくかっこいい。たぶん、弾いてる本人達もそんな感じなんじゃないかな。アレンジャーが良かったのか、ギタリストが良かったのか。なんにしても、ZARDのバックはロックテイストでとても良い。楽譜は買ってあるから、ちょっと練習してみるかな。
投稿者 gunship : 22:12 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月08日
祝ワールドカップ出場
一次予選の時からなんとか勝ったというような辛勝続きで批判された割には、終わってみれば一番優秀な成績を残していると言っても良いジーコ監督。個を伸ばすという指導が身を結び始めたのか、もともと選手が良いのか、運が良いのか。ま、なんにせよひと安心。あとは日本の将来のために、平山の招集をよろしく頼みます。
投稿者 gunship : 22:05 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月06日
ある日の街路2
今日、通りかかった街路。
赤一色のツツジが満開で、とてもきれいだった。
投稿者 gunship : 21:47 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月05日
ZARD Cruising&Live "Live at the pasific venus"
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ZARDのファーストLive。200日以上もかけて世界一周クルージングの旅にでかけるおかげで、コマーシャルすら年に何度かしかお目にかかれない豪華客船、パシフィック・ビーナスを借りきっての初Liveだ。東京湾のクルージングを楽しんだ後に念願のLive。なんて素敵な演出だろう、と感動したものだ。
Police「Every breath you take」を始め、まんま洋楽をパクったアレンジがムカついて、どうにも好きになれなかったZARD。どうやら、明石昌夫というアレンジャーの仕業だったようだが、その曲の素晴らしさにはデビュー当時から舌を巻いていた。「Good-bye My Lonliness」、「眠れない夜を抱いて」、そしてポカリスウェットのCMで流れた「揺れる想い」。この曲の衝撃は今も忘れられない。まだまだ歌謡曲のレベルでしかなかった当時の日本にあって、あきらかに別格だった。出す曲、出す曲がすごかった。ほんとうはひそかに感動しながらも、バリバリの洋楽派だったために聞くこともなかったが、時を経て、初めてCDで聞いたのがこのLiveだった。素晴らしかった。
場所が場所だけに音の話をしても始まらないが、演奏は非常に良い。バックがとても乗っている。名曲、「心を開いて」。なんど聞いても感動する。「あの微笑みを忘れないで」、「My Baby Brand 〜ぬくもりが欲しくて〜」…。なんて素晴らしいんだろう。
今度のLiveも、「揺れる想い」で始まったとか。その盛り上がりはすさまじかったと聞くが、ZARDファンとしては当然だろう。もう少しで出会うことができる。俺も、マジで泣くかもしれん。
投稿者 gunship : 15:57 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月04日
さすが柳沢 対バーレーン戦
さすがは世界一のバカフォワード、柳沢だ。今回の試合では、そのバカさぶりをいつにも増して見せつけてくれた。サッカーは90分間なごやかにパスをするゲームだと思っているこのバカのプレーぶりには、ただただ脱帽するしかない。
後半、バーレーンのキーパーが飛び出してゴールががら空きになった場面。このバカは、ゴール前にいながらシュートを打つ、ゴールに突進する、どころかパスする相手を捜して何もできなかった。このバカのプレーを見て、私はぞくぞくっと感動した。これほどのバカを、生まれて初めて見たからだ。すごい。奴は、私の想像など遥かに超えた、超人的なバカだった。
中沢が戻って、ボランチに中田が入れば、守りはほぼパーペキだろうと思ったが、予想通りだった。例によってシュートというプレーを知らんな、と思いながら見ていた矢先、小笠原がシュートを打ったのには驚いた。「へー、打てんだ。」と、私が驚いたくらいだから敵も驚いただろう。たぶん、それで入ったんじゃないだろうか。
どうせ前に球を出してもシュートなんかするはずないから、後半は中田が自分で打っていた。やれやれ。フォワードを置くと、日本は万年ハンデキャップ戦だ。どうせいたってしょうがないのはわかってるんだから、平山をぼーっと前に立たせておいた方が、よほどチャンスが生まれるだろうに。ワールドカップ出場が決まったら、マジで平山を招集してほしい。
投稿者 gunship : 18:03 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月03日
リニューアル
ブログのメインページはともかく、アーカイブの表示がひどいのでリニューアルした。メインページは3回目くらいのリニューアルだが、アーカイブに手をつけたのは初めてだ。少しはまともになったと思う。
WindowsはIE6、Netscape7、MozillaFireFox、いわゆるモダンブラウザで確認している。Macは残念ながら、I
E5.2、Netscape7で若干不具合が出ている。safariは問題ないようだ。
Windows、Macを問わず、今のブラウザではMozilla、NetscapeがいわゆるWebスタンダードに一番忠実に準拠しているようだ。IEはデファクト・スタンダードと言っていいシェアを誇るが、残念ながらバグが多い。予想されるユーザーがIEが一番多いため、WindowsIE6で最初にページを構成するが、その後Mozilla、Netscapeで見ると不具合が生じることがままある。IEからスタートしているので、他のブラウザが悪者のように思えるが、調べてみるとIEが例によって勝手なことをやっていたり、バグがあったりという場合が多い。
アメリカやヨーロッパでは古い機器を尊重する事が珍しくないから、Netscape4、IE4などを使っているユーザーも未だにいても不思議はない。だが、日本の場合、仮にもインターネットにつなげる状況にありながら、わざわざそんなブラウザを使っているユーザーは特殊中の特殊だろう。このページは万人に広告を打とうと目論むグローバル企業のページではないから、バージョン4はまったく想定していない。それらのブラウザでどう見えるのか、それは神のみぞ知ることだ。
社会保障、企業の社会貢献といった点では後進国でありながら、ブラウザのアクセシビリティという点では日本は先進国だ。ヨーローッパでは、少なくとも去年まではそんなことを斟酌する国は珍しかったが、なぜか日本のWeb関係者達は高い意識を持っていた。これも、高齢化社会の故なのだろうか。古びたくされブラウザへ対応しようというつもりは100%ないが、障害者、高齢者などに対するアクセシビリティはこのページでも実現して行きたいと思う。だが、今回のリニューアルで思い知ったが、Web標準に則ってページを作成するのはけっこう難しい。以前の荒技を駆使したページ作成よりは簡単そうに思うが、逆に、今までの技術に慣れていた人や、html など知らずにツールに任せてページを作ってる人には難しいかもしれない。では、なんでそんな Web標準に合わせなければならないのか?、と思うかもしれないが、WebのHTMLのソースは汎用性がない。他のアプリケーションにそのまま渡して利用する事ができないために、再利用が効かない。だが、XMLならそれができる。Web標準は実はそうした汎用性、いつでも、どこでも、なんででも、相互に再利用可能なデータのあり方を目指している。むろん、何年後かに、今のXHTMLソースがブラウザで今と同じように表示されることも。
まぁ、このページはそんな大げさなものではないが、できることをやって行こうと思う。もしかしたら、アーカイブでコンテンツの高さが低くなって、挿入した画像がはみ出る、といった私の遭遇した現象に悩んでいる人もいるかもしれない。気が向いたら、このページか、pejiteの方にでも報告するかな。
投稿者 gunship : 22:28 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月02日
ある日の街路

先週のある雨の日の街路。とてもみごとにチューリップが咲いていたので携帯で撮影した。
まるで、花畑と言ってもいいほどだが、こういう街路があるのは良い。
見た目はもちろん、自分達の住む街の環境を良くしようという人心も感じられてすがすがしい。
投稿者 gunship : 21:02 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月01日
Mickey Mouse
今日のasahi.comのEnglishページ、「Tips on English」から。あのディズニーの mickey mouse には、不要な、くだらないというニュアンスの意味があるそうだ。mickey mouse work で、くだらない仕事。なんだ、ディズニーかぶれのアメリカ人も、ちゃんとわかってんじゃない。

