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2006年09月29日
いつのまにか
寒い、寒い初夏で始まった札幌。それが、意外や意外、記録的な暑い夏になり、9月になっても暑い日が続いた。気分的に当分夏っぽい日が続くんだろうと思っていた矢先、昨日、突然寒くなった。なんでだろう?と思ったら、そうか、もう10月なんだ。
突然寒くなったおかげで、くしゃみが出て具合が悪い。寒い、なんて感覚も、久しぶりだな。
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2006年09月27日
祝!日本ハム
たった6チームで1年も戦って、1位通過でプレーオフ、ってのが何やってんのかさっぱりわからんが、何はともあれおめでとうございます。観客動員も劇的に増えて、良いことずくめの札幌移転。これで優勝できれば、北海道人にとってもプロ野球観戦が、日本ハム球団が自分達のものとして根付くことでしょう。
日本シリーズが札幌で行われたら、一市民としてうれしいな。歴史的な日になるな。がんばれ!日本ハム。
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2006年09月26日
それって、ほめ言葉?
若者言葉。
なにげにおいしくない?
ふつうにおいしくない?
明らかに用法を間違えている日本語ではあるが、これらが、「うまい」という意味で使われるのはまだしも理解可能だ。だが、次の表現はどうだろう?
まずくない?
これ、ほんとに「うまい」って意味なの?で、ほんとにそんなふうに使ってる奴いるの?
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2006年09月25日
ブルーだ
昨日のTOEICの失敗が、まだ尾を引いている。800点を取る、という明確な目標を掲げて2ヶ月前から徐々に積み重ね、1ヶ月前から少しずつ加速し、1週間前から全開で準備した。こんな風にはっきりしたターゲットに向かって努力したのも久しぶりだったし、それだけに成果がほしかった。ほんとに、心の底から残念だ。
不思議なもので、普段読むCNNやThe Times、アルジャジーラなどのWebサイトのニュースに慣れても、ペーパーバックを読めるようにはならない。TOEICができるようにもならない。同様にペーパーバックを読んだからと言って、それでCNNやThe Timesなどのニュースは読めるようにならないし、TOEICができるようにもならない。当然、TOEICの勉強をしたからといってニュースがわかるようにはならないし、ペーパーバックも読めるようにはならない。
住み分け、見たいなのがある。ニュースで使われる用語はペーパーバックやTOEICには出てこないし、同様にペーパーバックで出てくる用語はニュースやTOEICには出てこない、以下同様。従って、TOEICで良い点を取るだけなら、TOEICに特化した勉強をやったほうが効率的だ、と思う。
英語ができると、10億人とコミュニケートできる、といったコマーシャルを最近見た。なんだ、その程度なら、中国語やインド語(ってあんのかな、あの国の場合)でもOKじゃん、というちゃちゃを入れたくなったが、このコピーはそれだけ世界が広がる、という意味で使われているのだろう。確かに、それが魅力なのだ。今の私は英語の本を読む、ニュースを読む、聞く、という程度だが、それでも間違いなく世界が広がった。それも劇的に。
海外のニュースを読むようになるまで、外国のニュースも日本のメディアを通して知るだけだった。逆に言えば、日本のメディアで取り上げられないものは何も知らない。世の中には、こんなに日本人の、私の知らないニュースが、出来事があふれているのか、というのが初めて海外のニュースサイトを覗いた時の驚きだった。生まれて初めて、世界を見た、という衝撃だった。以来、海外のニュースサイトを覗くのは私の日課になっている。
そういう楽しみのために英語を勉強をしている。TOEICで良い点を取るためにしている訳ではない。だから、たとえTOEICのためには何の役に立たなくても、これからもニュースを読み、ペーパーバックを読む。TOEICで何点取れるかなど、もともと問題ではないのだ。英語を通して世界を知る、世界と通じる、それこそが真の目標なのだから。
ああ、なのに、なぜ、こうもブルーなのだろう。答えははっきりしている。TOEICで何点取れるかは問題ではない。が、にも関わらず800点を取る、という目標を自分で掲げた、からだ。それがなんであれ、自分で掲げた目標から、その結果から、逃げることはできない。所詮TOEICの結果など、たいした意味はないのさ、と言ってみたところで、興味のない他人はだませても、自分はだませない。だから、ショックを受けているんだ。
800点まではすくすく伸びる、そこから先は茨の道、と思っていた。
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2006年09月24日
TOEIC 第125回
3度目のTOEIC。今回は気合を入れていた。先週やった公式問題集で、苦手のリスニングが正解76問、スコア換算点 405-445だったからだ。リーディングは正解74問でスコア換算点 335-390だったが、いつも10問ほどできなくて残していたので、全部できさえすれば800点に手が届く、そういう期待感があった。読むスピードをあげるだけなら、1週間でもできそうだ、そう思った。
毎日トップスピードでリーディングする練習をして、リスニングも先週やった問題集の復習をやった。本番の今日も、今までやったことのなかったウォーミングアップをやった。リスニングもリーディングも、トップスピードで一回やって慣らしておいた。準備は万端、気合も十分、さぁ800点を取ってやるぞ!という感じで会場に乗り込んだ。
ま、世の中、こんなもん、かな。絶対800点を取ってやるぞー!、という色気と力みがあったせいだろう。問題集の時とは全然違った。ダメ、だ。
リスニングが痛かった。今日は今までの普通の教室と違って、大学の階段教室。テープレコーダーが下にあり、私は後ろから3番目、音が遠い。音質テストの時はおなじみのディレクションで最初から言ってる内容がわかっているから気づかなかったが、いざ本番になると微妙にエコーがかかっている。ちゃんとした実力のある人はともかく、私程度の場合、音質が変わると普通なら分かるものも、とたんに分からなくなる。そのせいかどうかはなんとも言えないが、Part2が分からない。普通なら半分は「これが正解」と断言できる問題があるもんだが、進んでも進んでも、「え?これ、か?」という感じの半信半疑が延々と続く。こういう場合、まず良い点は取れない。たったワンセンテンスの問題なのに、合間、合間の単語が聞き取れない。まずいな、という予感がした。ここで、このザマでは、先が思いやられる。
さすがにPart3、Part4は長い分だけ流れで分かる部分も多かったが、それでもやっぱり先週の練習問題とは感触が違った。動揺のせいか、あせりのせいか。練習問題では、60問中50問が正解だった。このくらいあたる場合は、たいてい解いていてこれが正解とちゃんと分かっている。今日は、そういう感触がなかった。おかげで、なんで、分からないんだろう、というあせりが先行した。
唯一の成果は、リーディングで全問できたこと。もっとも、最後の大問はいつストップがかかるか気が気でなかったので、ただやった振りをしただけ、という感じになってしまったが、形だけでも初めて全問解いたのは前進だ。今まで解けなかった最後の10問をまがりなりにもやったんだし、半分はあってるだろうから、成績もその分伸びるはず、と思ったら…。
試験が終わって、解答用紙を見ていたら、170問目が空白だ。「え?何これ?」。あせった。もしかして、解答欄全部ずれてて一巻の終わり?回収間際のドサクサ紛れに171、172の問題を眺めた限りは解答合ってるし、そういえば170問以降は5問単位だったから、解答欄も分かりやすかったし、最後に選択肢が足りなくなる、なんてこともなかったので171問以降は大丈夫だろう。すると、その前がずれずれ?
そう言えば、長考に沈むくらいならその問題を捨てよう、という当初の方針に従って、途中で捨てた問題があったのだった。が、確か、ただ空白にするのはもったいないので、適当にマークした覚えがあるのだが。うーん、でもPart3は154問目からで、そこまで大丈夫だったのは間違いないし、その後の7、8問も順調に解いていた。すると、最悪160番台の10問くらいが全滅、で済むかな。でも、それなら、最後まで問題解いた意味がない。10問を残していた今までと何にも変わらない。
あーあ、なんでこうなるかね。がっかり…、だ。
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2006年09月22日
整理整頓
A型気質のせいか、時折取り付かれたように身の回りの整理を始めることがある。乱雑な机(座卓)など普段は何の苦にもならないのだが、不便さが高じてくると、突然、「あー、うざってー」と周囲の乱雑さに無性に腹が立って、どうでも整理してしまいたくなる時がある。今日が、まさにその日だ。
ガーネット・クロウのLiveを見ながら、一斉に整理して片付けた。結局、捨てられないもの、これがガンなんだな、やっぱり。どうせ、こんなもんは見ない、聞かない、いらない、というものを心を鬼にして片付けて、今、やっと人心地ついたところだ。
ところで、私は1961年の生まれだが、こういう物を捨てられない貧乏性ってのは、その後の世代にもあるんだろうか?物のない時代に育った私には、そう簡単にものが捨てられない。もっとも、私の世代でも、バシバシ物を捨てまくってる人もいるではあろうが…。
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2006年09月21日
今年こそ?
そうか、ヤンキース、優勝したか。松井はポストシーズン4度目の挑戦になるが、今年はどうだろう?
去年は井口があっさりワールドシリーズを制してしまったが、入ったチームがたまたま強かった、という感じでありがたみがない。対して、松井の場合はヤンキースで活躍を続け、チャレンジし続けているだけに、もしワールドシリーズが取れたら、実力で勝ち取った、という感じで喜びもひとしおだ。今年は、プレシーズンを棒にふっただけに、逆にポストシーズンが良い、ということもあるかもしれないが、どうだろう。
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2006年09月19日
原始的?
アルジャジーラから。
9/11アタック以来、アメリカの主要都市では水道水をテロから守る方法を模索していたらしい。多くはコンピュータプログラムで汚染物質を検知しようというものだが、ここに来て、魚のブルーギルを使った検知システムが浮上して来たらしい。毒などの汚染物質に反応し、エラから排出するブルーギルの生態を利用して汚染物質を検知しようというものらしい。かつて空気汚染の検知にカナリアが使われたのと同じ理屈だが、その利点として、コンピュータプログラムの場合はインプットした毒物しか検知できないのに対して、ブルーギルの場合は想定外の毒物にも対応し得る柔軟性がある。
ハイテクを駆使して毒物を検知する、そのシステムを最奥で支えているのがただの「魚」というパラドックス。おもしろい。
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2006年09月18日
7階級もある柔道の団体戦で日本が負けるなんてあるのか?
柔道のワールドカップ女子団体戦を見ていた。7階級もある。しかも、「柔道」だ。日本から4勝もできるチームなんてあるんだろうか?と思いながら見ていた。日本選手のみんながみんな国際大会でメダルを取る訳ではないだろうが、みんながみんな、同じ国の相手に負ける訳ではない。一つの国に、日本が4敗を喫するなんて、「ありえない」と思った。
アメリカ、そして次のロシア戦。予想通り、チームのレベルがまったく違う。技そのものもさることながら、その技を支えている底辺の厚みが違う。氷山が、水面下に膨大な容積を隠しているように、日本選手の技の、プレーの背後に膨大な日本柔道の歴史を感じた。ケタが違う、そう感じた。
まさか、その日本が敗れるとは…。ショックだった。たぶん、力の差はそれほどない。違うのは、発想だ。柔道に自分を合わせるのではなく、自分の体と運動神経を生かして相手を打ち破る「ツール」として柔道を利用する。そんな発想の違いを感じた。柔道そのものは、フランスより、日本の方が、やはり「うまい」。だが、「勝てない」、そんな感じがした。
あろうことか、日本男子もフランスに負けてしまった。オリンピック3連覇という前人未到の大記録を打ち立てた達人、野村も負けた。地元とは言え、強い、フランス。この大会にかけて来た執念を感じる。
東京オリンピックの無差別級を制したヘーシンクはオランダ人だったが、その後ヨーロッパの柔道の強化に努めた。そして、柔道を国際化した。このフランスの強さは、彼の功績なのだろうか、それともフランス柔道の快挙なのだろうか?いずれにせよ、また、日本柔道の新たな模索が始まるようだ。
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2006年09月17日
「TOEIC」~900点への道2
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来週のTOEICの試験のために、模擬試験をしてみた。「TOEICテスト 新公式問題集」の2番目。6月、7月はまだTOEICの新参ものだったので、たいした力もないのに問題集だけやりつぶしてしまうのを嫌って、敢えてここまでわざとやらずに残しておいた。結果は以下。
リスニング:正解76問。スコア換算点 405-445。
リーディング:正解74問。スコア換算点 335-390。
トータル換算点:740-835
過去2回、リーディングで最後の大問2つができなかったので、スピードアップを心がけたが、それでもやっぱり10問できなかった。見てのとおり、リスニングと同じくらい解けてもリーディングの配点はからい。最後の10問を残してしまうと、かりに解いた問題が全部合ってたとしても415ー470。正答率が80%くらいだと335-390にしかならない。前回、最後に9問残したものの、かなりできた手ごたえがあったのに365点しか取れなくてがっかりしたが、こうしてみると当然の結果だったのだ。リーディングのスピードアップが、私のTOEICの最大の課題だな。読めさえすれば、問題はほとんどわかる。が、制限時間内に読めるかどうか、それが問題だ。
うれしかったのは、リスニング。過去2回は、べらべらべら~、としゃべられて、「え?」という感じだったが、今回は言っていることがゆっくりに聞こえた。問題を読む人が、ちゃんと間を取って、ゆっくり、はっきり発音してくれているんだ、ということが良くわかった。これは、間違いなく、iPodでCNNのJimの早口を聞いたおかげだ。Thank you, Jim。
この連休にワンランクレベルアップできれば、800に届くことも夢じゃないかな、と思っていた。ついこの間読んだ「Holes」も2日で読み直した。「CNN English Express」で練習した記事も全部復唱した。模擬テストも見直しと、新規を両方やった。リスニングが聞き取れるようになったし、リーディングは読めさえすればほとんど正解できる。ここでもっとがんばれば、ほんとに800点に届くかもしれない、と思っていた。手を伸ばせば届くかもしれない、その可能性が私を駆り立てる。
しかし、800点を取ったからどうだというのだろう?
自分でも良くわからない。
中学のとき、休み時間になると、体育館に行って、バスケットゴールをめがけて飛び上がっていた時期がある。あのリングに届くかどうか?それを数人で競っていた。3、4人のメンバーだったが、ダンクシュートはともかくとして、そもそもあのリングに手は届くのだろうか?そんな素朴な疑問と、もし届くとしたら、それは誰なのだろう、という競争意識があった。
届きそうで届かない、そんなこう着状態が続いた後、ある時メンバーの一人がついにリングにつかまった。私は、そのバスケットゴールにぶら下がる友人を、賞賛とあこがれの目で見上げていた。「すごい!」。そして思った。自分も、あそこにぶら下がっていたい。
もしかしたら、TOEICで800に届くかもしれない、その思いは、中学生の時に見上げたバスケットのリングと同じなのかもしれない。何の役に立たなくてもいい、ただ、そこに達してみたい。うん、確かに、今の私はそんな感じだな。
投稿者 gunship : 17:37 | コメント (1) | トラックバック
2006年09月16日
倖田來未~first things~がDVDか
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倖田來未の昨年のライブ・ツアー「first things」がDVDになったんだ。BEST初回版の特典だったが、要望が強かったんだろうな。私の「rain」の記事を訪問する人もやたら多いし。
「secret ~First Class Limited Live」は、ためにためた倖田來未のパワーがついに人々の前に開示された、という感じの鮮烈なLiveで、その後の倖田の大ブレークを決定づけたものだった。ちょうど1年前になるが、今見てもやっぱりすばらしい。まだ一般に認知されていないこともあって、やってやるぞ、という気合がみなぎる素晴らしいステージだった。
全国ツアーとなった「first things」の方は、TV出演なども増えて一般に認知されたせいか、フレンドリーな倖田本来のキャラクターを出している。会場の同級生とやり取りするところなんか、笑ってしまった。だが、大塚愛みたいな見てくれだけの音痴と違って、倖田は純正のミュージシャン。どれほどフレンドリーに見せても、歌はきっちり歌う。ギター一本で聞かせた「rain」。素晴らしい。もしかすると、彼女の曲の中で最も愛されている曲なんじゃないかと思う。本人も最も気に入っているというし。
「最初はそれほどでなくても、ツアーの最後には100%になるというLiveは絶対したくなかった。最初の札幌から100%で行って、最後に200%になる、そんなLiveにしたかった」という。この倖田の魂が好きだ。まだ見ていない人は、是非見てみてください。
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2006年09月15日
Holes
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「英語耳」でも紹介されているペーパーバック。児童書ということもあって楽に読めた。233ページだが、余白が多いし、読みやすいので1週間もかからなかった。だが、そんなに早く読み終わったのは単に読みやすかったから、ばかりではない。その内容が、実におもしろい。
犯罪を犯した非行少年たちの収容施設、Camp Green Lake。だが、Lakeとは名ばかりの干上がった大地。そこで、少年達はひたすら穴掘りに励む。その苦行が、bad boy を good boy にする、それが Camp Green Lake のモットー。
何もない荒涼たる大地でただ穴を掘る、というなんとも非メルヘンティックな、非ドラマティックな入り口から読者はこの物語に入って行くことになるのだが、そこから、この物語は、過去、現在を縦横に行き交い、想像もしない運命の連鎖へと発展して行く。このストーリー展開にはほんとに「はまった」。すごい、と思わずうなってしまった。
私はTOEIC690点だが、それで楽に、楽しんで読むことができた。興味のある人はぜひ一読をお勧めする。
投稿者 gunship : 20:40 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月14日
「TOEIC」~900点への道
TOEICの次の試験が約1週間後に迫ったこともあり、なんか参考になるサイトはないかと探してみたところ、次のようなサイトを見つけた。
外資系の会社で実地に英語のスキルを積み上げた苦労人の体験談。膨大な量のため、まだ始めの方しか読めていないが、それでも非常にためになった。というか、啓発された。
失礼ながら、それほど語学の才に恵まれた人とも思えない。どちらかというと、不器用な人、という印象を受けた。が、器用な人間が往々にしてたいした高みに行けないのに反して、不器用でもたゆまず努力して困難を克服した人間が高みに達するということは珍しくない。このサイトの筆者も、まさにそういう達人の一人と感じた。
英語の上達に近道はない、英会話学校で週に1、2回学んだ程度で、CDをただ聞き流す程度で、英語が上達する訳がない。そういう甘い幻想を打ち砕く必要性を説くところから話は始まる。私は、こういう王道を行く正論が大好きだ。もし、そんなに英語が簡単に身につくなら、今頃日本はバイリンガルであふれている。乱立する英会話スクール、氾濫する英語教本類の存在こそが、そんなもんで簡単に英語などできるようになるはずがない、ということを逆に証明している。本気で英語をものにしようと思っている私には、甘ったるい誘い文句よりも、大変であろうとこれでここまでできるようになった、というこの手の体験談の方がはるかにありがたい。
読んで行くと、ザバッと英語学習者に冷水を浴びせるような厳しい現実も指摘されるのだが、それも含めて非常に興味深かった。特に、3度目のTOEIC受験で、すっかりTOEICの受験自体が目的化しつつあった私に、大切なのは「英語がどれだけできるか」ではなく、「英語で何がしたいか、何を伝えたいか」であるということを再認識させてくれたのはありがたかった。英語はひとつの「ツール」に過ぎない。流暢に英語を操ることに自己陶酔することよりも、その流暢な英語で「何を語るか」こそが大事なのだ、という。正論だ。
試験というのは不思議なもので、受け続けていると、それ自体が目的となり、その試験で何点取れるか、ということそのものが目的化してしまったりする。TOEICで700点突破を目標としていた私は、ついついその弊害にはまってしまっていたらしい。ついつい、ありがちな、こういう問題はこうすれば点が取れる式の記事を追ってしまったりするようになっていた。「そんな上げ底の力は、実地の英語ではすぐに剥ぎ取られてしまう」そうだ。その通りだろう。だが、長期的な目標はともかくとして、目の前にある試験でより良い成績を取るというのが、今現在の現実的な目標であることも間違いない。その意味では、目の前の試験でより良い成績を取ろうとすること自体は間違いではない。問題は、その辺のバランスをどう取るか、ということか。
ちなみに、私は現在45歳になる。TOEIC900点以上を目標としているが、同じ900点以上をうたうこのサイトの冒頭に以下のような記述があった。
たとえば、あなたがもう40歳を超えていて今のスコアが400点台であるとしましょう。その場合、900点に届く可能性はきわめて低いといわざるを得ません。しかしすこしづつですが上達はします。
私の今のスコアは690点。その場合、900点に届く可能性は?
やってみなければ、わからない。
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2006年09月13日
祝!松井復帰
松井の復帰をAP通信が次のように伝えていた。
Hideki Matsui shows emotion very rarely. When fans rose and gave him a standing ovation in his return to the New York Yankees' lineup on Tuesday night, he backed out of the batter's box and waved his helmet at the crowd.
(松井が珍しく感情を表に出した。火曜の夜、彼のヤンキース、スタメンへの復帰に対してファンが立ち上がり、スタンディングオベーションを送った時、彼はバッターボックスから戻り、観衆にヘルメットを振って見せた。)
"When I got to the plate, I never even imagined I would receive such an ovation," he said through a translator. "I felt nothing but appreciation."
(「僕が打席に立った時、こんな拍手で迎えられるなんて想像もしていませんでした。」通訳を通じてこう述べた。「感謝以外の何もありません。」)
ほんとうに感動したのだろう。4打席4安打を放ってしまうんだから。打席の彼の目からは、炎がほとばしっていたのではなかろうか?アメリカのファンにこんなにも復帰を歓迎してもらえたこと、そして、それに素晴らしい打撃で応えてくれたこと、一日本人ファンとしてとてもうれしい。
投稿者 gunship : 21:16 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月11日
組織移植
「The Times」から。
イギリスで移植用の骨やじん帯などが不足して、アメリカから輸入しているらしい。ところが、その輸入した組織が生前の同意を得ていない死者から取ったものだったり、HIVなどの病気のチェックがなされていない汚染物だったりする可能性があるらしい。既に77の組織が移植されており、被害者は今後検査を受けるという。
臓器は周知の事実だが、骨、じん帯、皮膚、腱などの組織も、既に企業によって売買されているとは知らなかった。アメリカでは、組織のドナーは報酬を得てはならないそうだが、それを売買する企業は当然のことながら利益を得る。なんだか、人の体でぼろもうけする、ぼったくり屋に見えるが、必要としている患者から見ればありがたい企業ということになるのだろう。
とはいえ、同意を得ない死者から組織を取り出すため、葬儀屋とぐるになって死体から組織をかっぱらう、となると話が違う。もはや目を覆いたくなるような惨状だ。死体をあさると言えば、ハイエナ、ハゲタカがよく引き合いに出されるが、彼らは自分の命のために食べこそすれ、金欲のために死体をあさるような真似はしない。やはり、さすがは人間、としか言いようがないというところだろうか。
投稿者 gunship : 22:29 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月10日
marantz PS4500 その後
もう、買ってから1年半が経つのに、未だに訪問者が後を絶たない marantz PS4500 の記事。そうだよなー、なんせ、安くて高機能だからなー。それで私も買っちまったんだから。
こんなくそアンプ、もう、私としてはどうでも良いのだが、せっかく情報収集に訪れる人のために簡単に経緯を書いておこう。音がどうだのなんだのは、私としては論外なので書かない。なんせ、まともな機械として動作しないのだから。私が買うときにネットを調べた時も、marantz の音がどうの、と語りあってる人がたくさんいたが、たかが4万程度のマシンで、marantz の音もへったくれもない。そういうレベルを求めるなら、それ相応の値段のマシンを買うしかないでしょう。普通。
購入1台目:初期不良。光ファイバーの端子不良。オプティカルでつなぐと音飛び発生。
交換2台目:使用後、2、3ヶ月で使用中スタンバイに落ちる症状発生。修理に出すが「症状再現せず」でそのまま返送。FrontのL端子にスピーカーをつなぐとスタンバイに落ちる症状で、数種類のスピーカーで確認済み。なのにヨドバシの店に持ち込んでためしたら問題なし。なんで?R端子で問題ないやつをL端子につなぐとスタンバイに落ちるのに、しかも3種類のスピーカーで同じ症状を確認したというのに、俺のスピーカーのせいってか?途方にくれて、なんでRが良くてLがダメなんだろうと、たまたま、音を鳴らしながらL端子のスピーカーコードをいじったところ、ビビッとショートする感じがあって症状改善。じゃ、コードか?って、そんなもん、最初に何回も取り替えて確認済みだ。ま、直ってくれればそれに越したことはないとそのまま使っていたところ、今年の3月、保証期間の1年が2月で過ぎたのをみはからったようにサラウンドのリアスピーカーの再生が不能に。そのうちまたぶっ壊れるだろうとは思ったが、保証期間が切れた直後にやってくれるとはさすがだ。以後、あほらしくて、まったくいじっていない。たまにスピーカーを鳴らしたい時は、サラウンドなしのプリメインアンプ状態。なんのために買ったのかさっぱりわからない。
私はたまたま運が悪かっただけなんだろうが、個人的には、marantz はもはやオーディオメーカーと考えていない。もう、生涯 marantz を買うことはない。
私の書いた PS4500 の記事を読んで、わざわざ買おうと思う人もあまりいないだろうな。初期不良に、交換後の不良のダブルだからな。毎月数百単位のアクセスがあるから、PS4500 の購入をやめた人の数もトータルするとかなりのもんじゃないのかな。せめて、修理に出した時に、それ相応の対応をしてくれていれば、また違った結果になったろうに、という気もするが。ま、自業自得だからしょうがあるまい。
投稿者 gunship : 17:30 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月08日
やっぱ、リスニングはむずかしい
英語のリスニング強化のために導入した秘密兵器 iPod。これで会社の行き帰り、昼休みに英語を聞いたあかつきには、せいぜい上達するだろうと期待して1ヶ月半が経った。うーん、どうなんだろう。上達していないはずはないのだろうが、あんまり進歩した実感がない。何事も前に進んでいる上達感がある時はやることなすこと苦になるどころか楽しいが、足踏み状態の時は何をやっても苦痛になる。
最初の1ヶ月くらいは、CNNラジオのPodcastと音楽を2曲聞いていた。音楽を聞いたのは趣味ではなく、「英語耳」のParrot's Lawという反復練習法をするためだった。ちゃんと、筆者の言うとおり300回をまずやってみればいいのだろうが、100回聞いて、100回歌詞カードを見ながら聞くまではまだ良いとしても、最後に100回いっしょに歌うってのは実際問題としてやってられない。何より、歌1曲に出てくる単語があまりに少なすぎて、これを何百回聞いたところで、とてもCNNラジオのニュースがわかるようになるとは思えない、という疑念がわいて来る。実際、毎日、毎日、何回も音楽を聞いているのに、CNNのラジオニュースがまったく聞き取れるようにならない。
私は「英語耳」の著者を信頼しているし、尊敬もしている。だから、彼の言うことを信頼してそのままやっていけば、絶対に英語をものにできると今でも思っている。実際、「英語耳」で学んだ英語の発音は、何にもまして勉強になったし、私のリスニング力を引き上げてくれている。だから、性急に成果を求めて彼の言いつけにそむく自分は、自ら墓穴を掘っているようなものだ、とも思っている。が、人には向き、不向きというものもある。向かないことを続けていやになってやめてしまうのが、最悪。続けることが最善。「これ、どうなんだろう?」という疑問を払拭しきれなかった私は、勉強法を変えてみた。
進歩しているという実感がほしかった私は、音楽を捨てて、TOEIC模擬テストのリスニング問題を2題、CNN English Express の実践編のニュースを一つ、そしてCNNラジオのPodcastを毎日iPodで聞くようにした。たぶん、これが効果的だったのだと思う。少しずつ進歩している感覚が得られるようになってきた。何度も聞いていれば、いやでも覚えてしまう。2週間もすればTOEICの模擬テスト、CNN English Expressのニュースは自然に覚えてしまうくらいになった。わかるフレーズが増えると、初めて聞いても聞き取れるフレーズも増えてくる。
とはいえ、CNNのニュースはほんとに早い。特に、Jim Ribble。この人の口の早さには本当に参る。何度聞こうが、わかるところはわかるし、わからないところはわからない、という感じ。本当に、どれだけ繰り返し聞いても、わからないところは、絶対にわからない。わかるところを繰り返し聞いているだけだから、絶対に進歩しない。幸か不幸か、アップデートするといつもこの人で、おかげで他のアナウンサーにあたると「あー、今回はゆっくりに聞こえる」という感じ。
この Jim Ribble 攻略が目標なのだが、そのために必要なのは、やはり地道にゆっくりしたリスニングの数をこなすことなのだろう。特に、私の実感として有効なのは、自分で実際に音読してみること。CNN English Express なら、音読して、その後にCDといっしょに、また読んでみること。音だけ聞いても普通の日本人にはたぶんわからない。少なくとも、私にはわからない。音を聞き分けるのが一番むずかしく、読むほうがよほど簡単だ。だから、文を見ながら聞く、読む、ということをすると、間違いなく英語の実技が上達する。音と単語がだんだん一致するようになってくる。そして、たぶん、音を攻略できるようになったあかつきには、英語は読むより、聞くほうがよほど楽だ、という次元がまっているのだろう、と期待してがんばっている。
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2006年09月06日
やっと王子誕生か
王子誕生のニュースが、The New York Times のWebでも一面で取り上げられていた。皇太子の代に男の子供がいないため、女性天皇の是非をめぐる議論に発展したことなども詳しく報じていた。その中で、男性天皇の伝統に固執した安倍官房長官は"the nationalist chief cabinet secretary" と表現されていた。どうやら、中国、韓国はもちろんのこと、アメリカからも彼はナショナリストに見えるようだ。
プリンセス雅子の世継ぎを求められるプレッシャーによるうつ病や、彼女を弁護して物議をかもしたプリンス徳仁のことも書かれていた。これに対し、いつも兄の影に隠れていたプリンス秋篠宮がこの発言を批判し、もう一人子供を作る意図を語り、そしてめでたく王子誕生となったという流れで、記事を以下のように結んでいる。
Princess Kiko, the daughter of a university professor who never had a career before marrying, has become the darling of the Japanese media. By contrast, Princess Masako has increasingly become a target, routinely criticized by the conservative media for her supposed selfishness and lack of common sense.
(プリンセス紀子さまは、大学教授の息女で結婚前に仕事を持たなかったが、今や日本のメディアの寵児となった。一方、プリンセス雅子さまは、保守的なメディアに決まって自己中心的で良識を欠くと見なされ、ますます批判される対象となった。)
ハーバード出身のもと外交官という華々しい経歴を持つプリンセス雅子と対比して、プリンス秋篠宮同様、プリンセス紀子が日陰の存在から一躍踊り出た、というニュアンスを暗に持たせたのだろうが、日本人から見るとそれはちょっと違うな。プリンセス紀子は、最初から華々しく皇室に登場したアイドルだったんだから。
しかし、なんにせよ、今回の王子誕生で一番救われてほっとしたのは、プリンセス雅子さまなのではなかろうか。彼女の立場を思うと、「自己中心的で良識を欠く」とは私にはとても言えない。
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2006年09月05日
エイにさされるとは
CNNから。クロコダイル・ハンターとして知られたスティーブ・アーウィン氏が、水中の撮影中に死んだそうだ。たまたま砂にもぐったエイの上に来て、尾っぽでさされてしまったらしい。
千葉だかどこだかでも、確かエイにアサリを食い尽くされて、ブランドものだったアサリがまったく取れなくなって漁師が廃業に追い込まれているというニュースを聞いたが、これも確かアーウィン氏を刺したのと同じ stingray アカエイだったような。
エイが人を襲ったり、貝を食べるとは知らなかった。
投稿者 gunship : 22:02 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月04日
世界的な蔓延~肥満
アルジャジーラから。シドニーで開かれている国際会議で、肥満の世界的な蔓延が指摘されたそうだ。WHOによれば、10億人の成人が体重オーバー、そのうち3億人が肥満に該当するらしい。今や、世界は栄養不足の人間よりも、体重オーバーの肥満傾向の人間の方が多い時代に突入したそうだ。
子どもの肥満も深刻で、このままの傾向が続けば、歴史上初めて親よりも先に死んで行く世代が出現しかねないという。日本もそうだが、欧米の子ども達は高カロリー、高脂肪のスナック菓子やファストフードを、間食はおろか朝食、昼食などでも日常的に取っているため、肥満児が恐ろしい勢いで増加していることは常々指摘されている。
私の子どもの頃は、世界はまだ「餓え」の方が多かった。というより、人類の歴史そのものが「餓え」との闘いであった。「飽食」など、長い長い人類の歴史で見れば、近年初めて出現した奇跡的状況と言っていいだろう。文明は、爛熟期に入るとやがて滅亡する。爛熟と頽廃が滅びをもたらすのは、ひとり文明に限ったことではない。「肥満」にあえぐ現代人は、まるで頽廃した王国のいぎたない国王を思わせる。豊かさという穏やかそうな顔をした現代が、実はのっぴきならない危機的状況にある、という感じか。
投稿者 gunship : 21:17 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月03日
The devil wears PRADA
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ようやく読み終わった。432ページ。洋書の最長ページ記録を達成した。「Bridget Jones's Diary」の307ページもきつかったが、1ページあたりの密度はこっちが上だから、はるかに長い道のりだった。約3ヶ月の時間を要した。こんな長い時間をかけて1冊の本を読むなんて、中学の時に「平家物語」を原文で読んだ時以来だ。
「平家」を原文で読み通した後、私は古文を勉強しなくても読めるようになった。「源氏」あたりの平安貴族の文章はまた別の問題があるからそうは行かなかったが、通常の古文なら読めばだいたいわかるようになった。その時は、原文をまず読んで、それから訳文を読んで、そしてまた原文を通読する、というふうにして進めて行った。文法なんか中学生だから知らなかったが、ともかくそうやって全文通読した後に、感覚として言い方、表現の仕方がなんとなくわかるようになっていた。
実は、その経験があったので、今回この本を読むにあたって、同じ方法を取ってみた。そうすれば、「平家」の時のように英文読書のレベルを1段階引き上げることができるのではないかと期待して。まず読む、それから分からない単語を調べて読み直す、その後1ページ、2ページくらいの割でもう一回通読する。だから、今回の通読で少なくとも3回はこの本を読んでいる。
5月の連休からペーパーバックを読み始めて、「Bridget Jones's Diary」までで計6冊を読んだ。「The five people you meet in heaven」、「Tuesday with Morrie」、「The curious incident of the dog in the night-time」など、どれも200ページほどで手軽に読めて、かつおもしろい本ばかりだった。その時のテーマは、とにかく数をこなすこと。どんどん読むこと。そうやってがむしゃらに英文に接することで、自分のレベルを引き上げようとしていた。が、そうやって読み進んだ結果として得られたものは、せっかく6冊も読んだのに、なんにも進歩していない、という徒労感。TOEICのリーディングで330しか取れないという挫折感。このままではダメだ、という気が強くした。せっかく読んだ本にしたところで、先に進むことばかり考えて、ストーリーをなぞるだけに終わってしまっている。ここは時間がかかっても良いから、腰を据えてじっくりと1冊に付き合おう、そう思った。
その私のテーマに、この本はぴったりだった。この本はほんとうにおもしろかった。大きな、派手なエピソード、できごとでストーリーが展開される訳ではない。世界一流のファッション雑誌「Runway」の鬼編集長、Miranda Priestly のアシスタントになった主人公 Andrea の日常が語られるだけだ。だが、その日常がとにかくおもしろい。昼食のテイクアウトを取りに行くのが決死の部隊作戦さながらの困難の連続だったり、Mirandaの電話の取り次ぎが救急病棟顔負けの緊迫シーンになったり…、とにかく抜群におもしろい。が、コミカルに描かれていながら、主人公 Andrea の庶民的な感覚が一流のファッション界と鋭く対立するところに醸し出される感性、価値観、人生観といったものが実はこの本の真価で、そういった彼女の感情のひだ、言葉、行動のニュアンスみたいなものを読み味わうのがこの本の醍醐味だった。ストーリーを追うだけでは、この本を読んだ価値がない。
たっぷり、じっくり付き合ったおかげで、だいぶ、英文のニュアンスみたいなもんがわかるようになったような気もするが、所詮、まだほんの7冊程度を読んだだけ。それで、成果を期待する方がどうかしているのだろう。まだ、まだ、これから、ということだろう。
主人公 Andrea も苦労続きで、密度の濃い時間を過ごして行くが、私も同様に苦労して読み進めて行ったため、ある意味彼女に同化しているところがある。彼女が、振り返る Runway での経験は、私がこの本を読むために経験した困難さと通じている、という感じ。そのせいか、最後の場面はグッと来た。彼女が、かつての自分を相対化して見ている、その眼差しがちょうどこの本を読み始めた時の私を振り返る私の眼差しに重なる。こんな時を、乗り越えて来たんだな、という Andrea の感慨がわかる。Andy の苦労を苦労しながら読んだ、同士として分かる。
良い本を読んだ。原書で読んでみようかな、と思っている人には一読をお勧めします。amusing と interesting を兼ね備えた良い本だと思います。ただ、私はTOEIC690点ですが、そのレベルでは、相当苦労します。でも、苦労しても楽しいです。