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2007年09月08日
倉木麻衣 Brilliant Cut ~Mai Kuraki Live & Document~
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天女の舞、なぜかそんな印象を受けたのがこのLiveDVDだった。
昔、映画『愛と哀しみのボレロ』でジョルジュ・ドンのダンスを見た時、すさまじい衝撃を受けたのを覚えている。その躍動感、跳躍、スピン、何もかもが素晴らしくて見惚れていた。ただ美しいだけではない、その美しさの裏にある、すさまじい筋力、体力、努力、などがひしひしと伝わって、鳥肌の立つパフォーマンスだった。
倖田來未 にはまってダンスものを見る機会が増えたおかげで、ダンサー達の肉体、パフォーマンスの美しさに触れる機会も増えた。そんな、下地が醸成されていたせいなのか、今回の倉木麻衣のLiveDVDはバックの二人の女性ダンサーばかりが目についた。この人達、ほんとうに、美しい。
コミックの「スプリガン」で、拳法家の王が、マッチョの誰だったかをたしなめるシーンがある。あなたの筋肉は伊達だ、と。意味は、たくさん付いている割にはたいした力もなく、逆にたくさん付いている肉が邪魔になってスピーディーなパフォーマンスができない。実際、王はマッチョではないが、そのマッチョマンに勝つ。
この伊達、つまり見た目だけの筋肉、という概念がなぜか私の脳裏にこびりついていた。無駄を排除した王はマッチョではないが、スピーディーで、かつマッチョマンに勝つ。無駄のない肉体こそが、最も強く、美しいのではないか?と、なぜかその頃から漠然と思っていた。
ダンサーは、過酷だ。切れのあるパフォーマンスで2時間も踊り続けるなんて、普通の人間には絶対できない。そして、マッチョマンにもできない。訓練された彼らだからこそできるのであり、だから彼らの肉体は無駄がなく美しい。だが、過酷であるがゆえに、そんなパフォーマンスができるのは、彼らをもってしても若い時期に限られる。無駄なく、美しい肉体で、優雅に踊る。そんなことができるのは、たとえて言えば、人生の夏に限られる。
まるで、人間界の蝶だな、と思った。だが、それ故に、彼らは美しい。このLiveの二人のダンサーも美しい。ルーズな現代的衣装をまとっていながら、私には日本古来の「天女の舞」が髣髴とされた。Tシャツの袖のフリフリは、間違いなく天女をイメージした演出、と私には感じられた。
人間の中で、最も優雅で美しい人種、それは「ダンサー」。どうも、そういう公式が私の頭の中に出来上がってしまったようだ。
投稿者 gunship : 2007年09月08日 16:59
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