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2007年11月30日
へとへと、だ
毎週、毎週、毎日、毎日、へとへと、だ。
よくも毎日こんなにいろんなことがあるもんだ、と感心する。朝から全力で仕事して、今日こそあの仕事を片付けよう、この仕事を片付けよう、と、本当に全力を出しているにも関わらず、毎日、毎日、私の労力を上回る出来事が起こって、そのふりかかる火の粉を払うだけで終わってしまう。とても、他のことなんてできやしない。ただ、振り回されて、おしまい。こんな毎日、生まれて初めて経験した。
11月が終わろうとしているが、今月が、たったの1ヶ月だったなんて、とても信じられない。明らかに2ヶ月あった。3ヶ月あったと言ってもあながち過言ではない。
もう、これ以上、動けない。そんな風に毎日家に帰って来て、それでも、不思議に嫌じゃなかった。「エースをねらえ!」の中に、合宿でへとへとになるまで練習した夜、尾崎が藤堂にこういうシーンがある。「あぁ、気持ちがいいな。へとへとになるまで体を動かすってのは」。高校の頃、そんなもんなのか、とわかるようでわからなかったこの言葉の感覚が、今になって、ようやくわかった。なるほど、疲れきっていても、どこかで、よしっ、と納得している。それは、悪くない感覚だ。
が、とはいえ、それもそろそろ限界だ。120%で、人はそれほど長くは走れない。
投稿者 gunship : 22:11 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月24日
U2 ~ザ・ベスト・オブU2 18ビデオ~
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昔、大学卒業後、ごみ溜めに落ちたような生活を送っていた。ティーンの頃にはあんなにきらきらして見えた未来が、まったく見えなくなっていた。どす黒く過ぎてゆく日々が、怖くて、もう一度、なんとかやり直したい、もう一度、ちゃんとした人生をつかみたい、人生に追いつきたい、そんな思いに駆られた。27歳の時だった。
仕事も、アルバイトもやめて、家にこもって勉強した。そして、なんとか筑波の大学院に入った。その受験勉強の頃、毎朝聞いていたのがU2、「I still haven't found what I'm looking for」と、そして「Where the street have no name」だった。
なんて、素晴らしいんだろう!毎朝、毎朝、そう思った。さぁ、今日も頑張ろう!そう思った。
筑波に入学した’89年、U2が来日した。横浜アリーナ。毎日、毎日、受験勉強の励みに聞いていたU2が来る!もちろん、チケットを買った。後方とはいえ、アリーナ席が取れた。
すごかった。真っ赤なスクリーンをバックに、あのU2のメンバー達が現れる。あの毎日、毎日、受験勉強の日々に聞いた「Where the street have no name」のイントロが流れる。そして、あのエッジの生のギターが奏でられた。涙が流れた。あまりのかっこよさに、涙が流れた。あまりの感動に、涙が止まらなかった。
今日、このU2のDVDを買ってきて、久々に「I still haven't found what I'm looking for」、そして「Where the street have no name」を見た。やっぱり、かっこいい。そして、やっぱり、涙が流れた。なんて、かっこいいんだろう!
大学卒業後、ごみ溜めに落ちたような生活を送っていた頃、歴代NO.1だった曲は、シャコンヌだった。悲しくて、哀しくて、でも美しくて、惹かれた。が、あまりの哀しさに、封印した。もう聞くまい、と。シャコンヌを超える曲はあるまい、でも、哀しくて、この曲は聞けない、そんな日々が続いた。そして、出会ったのが「Where the street have no name」だった。
それにしても、なんて素晴らしい曲だろう。エッジのギターを聞くだけで、胸が熱くなる。ドラムもベースも、もちろんボーカルも素晴らしい。46年も生きているから、いままでいろんな曲を聞いたが、文句なしの、私の歴代NO.1。いつ聞いても、胸が高鳴る。いつ見ても、背筋がぞくぞくする。私の文句なしの、歴代NO.1ソング。
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2007年11月17日
倖田來未~Black Cherry Live 札幌~
倖田のLiveに行って来た。
倖田のLiveはオープニングがかっこいいが、今回も例にもれずかっこ良かった。マーメイドというのがコンセプトのようだったが、水槽からあがった倖田のバディの素晴らしいこと、美しいこと。ほれぼれした。同時に、生倖田の迫力に感動した。やっぱ、倖田はかっこいい。
夏季オリンピックを見ると、いつも鍛えられた人間の体の美しさに感動する。生で見た倖田は、そのオリンピック選手と比較しても遜色ない素晴らしいバディだった。もちろん、倖田は歌手だから、機能的に鍛えられたスポーツマン的な体ではないが、逆にふくよかさも兼ね備えたまさにセクシー・バディ。素晴らしい。感動した。
今回のLiveは3部構成。観る、聴く、いっしょに踊る、というコンセプトらしい。1部はただただ、生倖田を見ている、共にいるという感動に浸っていたが、ステージでみんなが踊っているだけだと、どうしても見ていてあきて来る。前から倖田のLiveDVDを観ながら感じていたし、ミヒマルGTのLiveDVDを見た時にも思った。私は、やっぱり、ドラムがあって、ギター、ベースがいて、プレーヤーが演奏しているのを観る方が性に合っているらしい。プレーヤーが演奏していれば、それを観ているだけでも楽しめる。逆に、プレーヤーが誰もいないカラオケだと、よほどのことをしてくれないと、あきる。今日のLiveもそろそろ、そんな感じになって来た頃、倖田のLiveでは初めてバンドが登場した。予想外だっただけに驚いたが、おかげで私的にはぐっと気分が変わってまた楽しめた。特にうれしかったのは Real Emotion。ファイナル・ファンタジー10をやった時、それが倖田來未とは知らずに出会って以来、初めて生で聞かせてもらった。感慨深かった。
アンコールの語りで恋愛話なんかしたもんだから、逆に客席から中居は?みたいなコールをあびて、面食らっていた。どうすんのかな?もしかして、爆弾発言?とか思って見ていたが、なんとか話をそらそうとしているのが、おもしろかった。
そうそう、バックダンサーにJungleがいた。まさか、生Jungleを観られるとは思わなかった。相変わらず迫力があって、彼女が出てくるとどうしても目が行ってしまう。存在感は抜群だ。First Things の時よりはそうとう絞ったような感じがしたが、それでも、やっぱり腹は出ている。それで、どうして踊れるのか、いや、ダンサーやっててどうして腹が出るのか、しかも、女性なのに。依然として不思議だった。
投稿者 gunship : 23:06 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月11日
北大銀杏並木’07
先週の11月4日(日)、北大の銀杏並木を見に行って来た。すごい人通りで驚いた。なるほど、人通りだけはニュースになるだけのことはある。並木自体は、どうなんだろう?朝の人気のない時なら良いのかもしれないが、こんだけ人がごたごた混雑していると、別にこんなに人が集まるほどのもんでもないんじゃない?という気になる。
前の週、定山渓の「湯の花」へ無料送迎バスで行って来た。残念ながら、もう山は時期的に紅葉は終わっていた。それでも、通り道の西岡から真駒内にかけての道沿いで、きれいな紅葉を見ることができた。特にきれいだったのは、真駒内。ここって、いたるところにもみじがある。地下鉄駅前の街路樹だけでも、かなりのものだったが、ほんとにどこを通ってもきれいなもみじがあって、感動した。ななかまどの美しさを発見してはまっていたが、もみじはやはり定番だけのことはある。もしかして、札幌でいちばんもみじが見られるのは、真駒内なんじゃなかろうか?というくらい、ほんとに至るところにあり、そして美しかった。
日本の秋って、ほんとにきれいだな。紅葉を追いかけながら、しみじみそう思った。たぶん、日本の秋は、世界一美しいんじゃないだろうか?こんな美しい秋を、日本以外の国でも見られるのだろうか?そう思った。そして、そう思いながら、日本文学の古典に思いをはせていた。この日本の秋の美しさを愛でて、古今集、新古今集の時代から日本人は歌を詠み、その美しさを、その美しさに出会った感動を記録して来たのだった。こんなに日本の秋の美しさに感動している今なら、彼らとも話があうかな、とふと思った。そして、久々になんか、日本の古典を読んでみようかな、という気になった。
というわけで、源氏物語を買ってきた。最初の数ページを読んでみたが、この辺は高校時代に教科書にのっていたり、模擬試験でであったり、という感じでほとんど知っている。そのせいかどうかは分からないが、英語のペーパーバックを読むよりははるかに読みやすかった。
文章は、やっぱり本物、原文に限る。わかる、わからないはともかく、本物に接する喜び、そこから得るものが、翻訳とは段違いだ。英語と日本の古典が視野に入って来たので、あとは漢文か。三国志は学生時代に原文で通読している。めちゃくちゃ面白かった。次は史記を読もう、と思ってそれっきりなので、これもいつか実現しよう。
英語、日本の古典、漢文。なんか、遅ればせながら、ようやく明治の帝国大学生のレベルに追いつきつつあるかな、という気がしてきた。この三つが普通にできたのが明治の帝国大学生達だった。あと、10年くらいしたら、いや、10年後には追いついていたいもんだ。英語はたぶん大丈夫。日本の古典は、勉強というより、趣味という感じでやることにしよう。問題は中国語と漢文がどれだけできるか、かな。基本的に今の中国が嫌いだから、あまり積極的になれない。
投稿者 gunship : 17:23 | コメント (0) | トラックバック
また、見逃してしまった ~紅葉~
毎年、紅葉が見たい、紅葉が見たい、と思って、もう何年も見ることができずに終わっていた。今年は車の免許を取ったから、絶対行ける、いや、行くんだ、と決意していた。
が、10月に入ったとたん、土曜日は仕事。寝不足が続いたおかげで風邪をひいて、その後の2週間は毎日その日を乗り切るので精一杯。休日は具合が悪いし、天気も悪い。天気の良い日は仕事。という訳で、忘れていた訳ではないし、毎週行こう行こうと思っていたが、行けなかった。
出勤途中に見かける紅葉。毎日、日に日にきれいになる。ああ、こんなにそばに、こんなに美しい紅葉があるんだなー、休みになったらゆっくり見に来たいなー、と思っていたのが写真。札幌ファクトリーの横。旧永山邸のところ。ここの紅葉は、ご近所で見られる紅葉としてはかなり美しい、と思う。毎年、その美しさに感心する。毎年そう思いながらゆっくり見る機会がなかったが、遠出ができないので、せめて近場の紅葉くらいは絶対に見よう、と思って10月28日(日)に行った時の写真がこれ。
ここは、桜とななかまど、そして銀杏がメインの組み合わせだ。数年前から、桜の紅葉が個人的に非常に好きになった。パステルカラーのパッチワーク、という感じで、落ちついた良い雰囲気がある。が、今年再発見したのは、ななかまど。この木の紅葉は、すさまじくきれいだ。初期の黄色も実に味わいがあるし、さらに色づいた赤も、まだうっすらとした赤から全盛期の燃えるような真っ赤な色合いまで、ほんとにどれも美しい。札幌の街路によくななかまどが植えられている理由がよーく分かった。
投稿者 gunship : 17:04 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月09日
AK ~AYUSE KOZUE
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またまた、やってしまった。初回限定盤病。しばらく初回限定盤もなくなっていたおかげで落ち着いていたが、逆に見かけると抑制が効かなくなってしまった。このCDは前々からショップで見かけていたが、まったく知らないミュージシャンだし、全然買う気はなかったのに、これしか初回限定盤がない、ということで買ってしまった。さすがにこれはやばいかもな、と覚悟していたが、意外や意外。すっかり気に入った。それも、かなり気に入った。そして、衝動買いで、新しいミュージシャンを開拓できた時の喜びも味あわせてもらった。
驚いたのは、「Pretty Good」。私的にはプロコルハルム「青い影」の系統に連なる、定番のセンチメンタルバラードに思え、そのつもりで聞いていたのだが、どうも様子が違う。
なくしていたピアスが突然に出てきたり
ベルトの穴がいつもよりひとつ縮まっていたり
雲ひとつない空 こんないい日には
なんだって出来ちゃいそうな そんないい気分
こんな感じで歌詞が始まる。そして、歌っている AYUSE も心地よさげで、まったくセンチメンタルじゃない。これには驚いた。バラードをこんな風に演出する感性もあるのか…、と感心した。と、同時に啓発された。そして、一番気に入ったのは「Sundae Love」。素晴らしい。こんなキュートな曲を日本人も書けるようになったんだな。Tommy february6 以来の驚きだった。心地よい、そして新しい楽しみの発見だった。
投稿者 gunship : 22:26 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月02日
名寄に行って来た
出張で、名寄に行って来た。
JR駅前の通りは、お決まりの寂れた風情。かつての商店街の残骸だけが残っている。ほとんど一軒おきに閉まった店舗が続くのが、いっそう寂れた印象をかきたてる。こうなってしまったのも、人口の減少?とも思ったが、もっと大きいのは、たぶん、車。簡易な移動手段を持たない時代に栄えた商店街が、その手段の出現とともに衰退するのは自然の理だ。その証拠、なのか、しばらく歩いて行くと、ホーマックや薬のツルハ、そのうえダイソーまでもが大型店舗を並べる一画が出現した。そこはだだっ広い駐車場を備え、寂れた駅前商店街とは対照的に我が世を謳歌しつつあるように見える。もともとJR駅前だって、国鉄orJRという移動手段とともに発達したんだろうが、今は旭川、札幌へと消費者を流出させるだけの機関。だから、駅前商店街はダメ、なんだろう。
釧路でも、まったくおんなじ光景を見た。釧路駅前は、しばらく歩くとTVの天気予報などでもよく映されている観光名所、幣前橋がある。北海道の中でもかなり有名な部類に入る名所だし、実際あの辺をぶらぶらするのは情緒があって個人的にはとても好きだ。が、その釧路の駅前通りでさえ、平日はもちろん、土日祝日でさえ人通りはまばらだ。
結局、今の施設をぶっ壊して、車で来た人たちが集えるような、まったく新しい総合アミューズメント空間を作るしか再生の道はないんだろう、と、歩きながら思った。でなければ、帯広駅前の屋台横丁のような、その場を生かす企画。ともあれ、全道的に、どの市町村も、こうした状況に置かれて、いわゆる地域活性化を模索しているんだろうな、と思った。
ぶらっと立ち寄った「味よし食堂」。そこで見た「名寄新聞」に、ちょうど同じような記事が載っていた。なんでも、市立名寄大学の学生と商店街の若者達が、名寄市街の活性化について会合を開いたという話。活気のない商店街を再生するために、閉鎖された店舗を学生と市民の交流の場にしてはどうか、等の意見が書いてあったが、どれもこれもまったく魅力を感じない。いったい、学生と市民が、なんのために、何をして交流するというのか?絶望的に中身のない空論だな、という印象を受けた。
大学生自身が語っていた。買い物は名寄ではしない、と。なら、いっそ、消費はほかの街にまかせて、名寄はまったく別の道を模索しても良いではないか?と、思った。そしたら、同新聞に「赤福と藤島さん」なる天声人語風のコラムをみかけた。なんでも、46年も前に、農協の藤島さんという人が、赤福の受注を取り付けた、という話。当時、1等米しか受け付けない、という赤福に、1等米など一度も生産したことのない名寄農協が受注を取り付け、それをきっかけに品質を向上して今に至っている、という話だった。へー、と感動した。ちゃんと、あるじゃん、地域活性化の手段、実績、と思った。と同時に、赤福の事件の裏で、我々北海道の道北の街が今まで積み重ねた何十年という努力が、人知れずだいなしにされているのだな、と非常に残念に思った。
さて、あえて苦言。私がこういう記事を書くときは、たいてい現地の写真を入れるのだが、今日は、写真を撮る、ということが意識にのぼらなかった。まったく。つまり…、まぁ、言いたいことは、わかりますよね。名寄、がんばれ!