2007年01月27日
Ghost Bride
昨日の The Times から。
中国の Ghost Bride というニュースがあった。幽霊花嫁、なんのことだろう?と思ったら、独身で死んだ若者と共に埋葬する花嫁役の女性のことだそうだ。
死者が来世で困らないようにと、いろいろな供物を死者とともに埋葬する風習は日本でも古来からある。古墳から発掘されるさまざまな供物がそれだが、これは中国でも同様。とりわけ中国の場合、都会から離れた地方、というか奥地になればなるほど、未だにそうした風習が信仰とともに現実に残っているのだという。
死者に対してさえそうなのだから、まして現に生きている息子が嫁を持てないとなると、金銭的に花嫁を入手する取引も現実にあるのだという。奥地に行けば行くほど、割とめずらしくもない現実として実際に存在するそうだ。そして、嫁げない娘を持つ親は、これ幸いとそういう家に娘を売るのだという。事件は、こうした現実を背景として起こった。
未婚のまま死んだ息子のために、一緒に埋葬できる女性の死体を探していた親がいたそうだ。そして、精神障害の娘を金で売り払いたい親がいたそうだ。ある男が、その精神障害の娘を買って殺した。そして、その死体を Ghost Bride としてもう一方の親に売った。娘を売った親も、死体を買った親も、ともにハッピー。こんなぼろい商売はない。男は知人を勧誘して本格的に商売を始めた。
無明、とはこういうことをいうのだろうか?どちらの親も、悪意はない。一方は良かれという息子に対する善意であったりする。が、蒙昧の中の善意は、時に目も眩む醜悪をさらすものだ。そして、それを促すのは迷信、風習、伝統、信仰、しきたりといった、信じる、従う、といった心性にかかわる制度だ。
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2006年11月06日
もうひとつの安楽死
The Times から。
イギリスで重度の障害を持って生まれた新生児の安楽死を認めよう、という提言がRoyal Collegeによってなされたそうだ。理由は、親の精神的、経済的負担を軽減しようというもの。医療技術の進歩により、通常では生きられないような新生児でも、集中治療室で生かし続けることが可能となった現実が背景にある。新生児を何ヶ月も、あるいは何年も重病の状態で苦しませることこそ、モラルに反する行為ではないのか?という問いが投げかけられている。
一方、当然のことながら反発もある。意図的な死を持ち込むことは医療の根本を変え、どの命が価値あるものであるかということに関して主観的な断定をもたらすと。
Simone Aspis of the British Council of Disabled People said: “If we introduced euthanasia for certain conditions it would tell adults with those conditions that they were worth less than other members of society.”
(イギリス障害者協議会のサイモン・アスピス氏は言う。「もし、我々が安楽死をある種の身体的条件に対して導入すれば、それは同じ身体的条件を持つ成人に対して、あなた達は他の人々よりも価値のない人間であると告げることになるでしょう。」)
既にオランダでは積極的な安楽死を新生児に導入しているらしい。善意の面だけを見れば、親の苦しみ、新生児達の苦しみを軽減させてあげたいという思いと障害を持った人々の命の価値を否定したくないという思い、どちらももっともな意見としか言いようがない。なんとも困難な問題だが、自分の意志を表明する機会も可能性もない新生児が対象だけに、最終的には社会的な価値判断となるざるを得ないのも確かなこと、か。
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2006年10月20日
Save Darfur その後
スーダンのDarfur。200万人と言われる難民と、20万近い死者。21世紀のExodusと言って過言ではない難民があふれる危機的状況が続いている。今春、スーダン政府と反政府勢力との協定が成立したものの、状況は一向に変わらなかった。スーダン政府がUN軍の介入を徹底して嫌っていたため、相変わらずジャンジャウィードが略奪、殺戮、レイプを繰り返していたためだ。AU(アフリカ連合)には、ジャンジャウィードを制圧する力はない。あれば、こんな悲惨な現実は起こっていない。
つい先日のことだ、スーダン政府が残る反政府勢力とも和解したという記事がアルジャジーラのネットに掲載されていた。イラクの轍を踏まないため、西、というかアメリカ、というか、UNの介入を断固拒否し続け、ついに独自の和平に達したというスーダン政府の自負を伝えていた。
なるほど、そうだな。イラクにしろ、アフガニスタンにしろ、西側から見ればろくでなしを掃除してやった、という理屈だが、UNにしろ、NATOにしろ、それらが介入した地域の人々にとっては、新たな戦場が繰り広げられているだけのことだ。スーダン政府が西の介入を拒否するのも、一理あるかもな、と思っていた私は、またしても、またしても、例によって甘かった。アフリカを侮蔑する訳ではないが、アフリカの民衆はともかくとして、アフリカの上に立つ人間には、ろくな奴がいないのだ。西からの援助物資、資金を着服して私服を肥やす、などということは、日常茶飯事どころか、ごくごく当然のこと、という風土。それどころか、自分の国の人間を自分達の手で殺すことさえ、平気で実行できるのが、少なくとも、スーダンという国なのだ。
イギリスに逃れたスーダンの難民、自分自身、殺戮に荷担した人間が「The Times」に証言している。スーダン政府自身がジャンジャウィードに荷担し、政府自身が空軍を投入してダーファーの人々を攻撃していたことを。
イギリスはこの証言を元に国際法廷にスーダン政府を告発するそうだ。
結局、スーダン政府は、西から主権を守ったのではない。UNに入られて自分達のして来たことがばれるのを恐れたのだ。自分達が、自分の国の国民を虐殺して来たことを、あばかれるのが怖かったのだ。
スーダン政府の非道を告発した記事。後日翻訳してみたいとは思うが、その前に見たい人はどうぞ。
The Times
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2006年10月17日
北朝鮮の人種政策
The Sunday Times が、北朝鮮の優生政策、純血主義の実態を報じていた。
亡命した医師の証言。
"There are no people with physical defects in North Korea," Ri said. Such babies were put to death by medical staff and buried quickly, he claimed.
(「北朝鮮に肉体的な欠陥を持った人間はいません。」と李は言う。そうした子供は医療スタッフによって殺され、速やかに埋葬されるのだという。)
亡命して中国人の子供を身ごもった女性は、強制送還されると"Chinese Chink"(中国人を侮蔑する呼称)としてその子供を殺されるという。殴る蹴るの暴力で胎児を死産させられるケース、もしくは薬で強制的に出産させられ、その後殺されるケースがあるようだ。
Choi Yong-hwa, 28, described how she was made to accompany a heavily pregnant woman, who had also been returned across the bridge from China, to a clinic where doctors induced labour. After the infant was born, Choi said she and other women stood by in disbelief as it was suffocated with a wet towel. The mother passed out.
(チョ・ヤンフワ、28歳は出産間近の妊婦に随行させられた様子を語った。その妊婦はやはり中国から橋を越えて送り返された強制送還者で、診療所に着くと医師に薬物で出産させられた。赤ちゃんが生まれた後、チョと母親は信じられない光景を見たという。赤ちゃんがぬれタオルで窒息死されたのだ。母親は気絶した。)
A 66-year-old grandmother also testified to witnessing the deaths of babies at Sinuiju, two of them healthy boys born at full term. The first belonged to a 28-year-old woman called Lim. The witness was holding the newborn in a blanket when a guard grabbed him by a leg and threw him into a large box lined with plastic.
(66歳のおばあさんもまたシヌジュで目撃した子供の死を証言している。そのうち二人は満期で生まれた健康な子供で、一人はリムという28歳の女性の子供だった。証人のおばあさんは毛布にくるんで新生児を抱いていたが、その時守衛が子供の足をつかみ、彼をプラスティックコーティングの大きな箱に投げ込んだ。)
A total of seven babies ? five born prematurely after labour was induced ? were left to die in the box. Two days later the premature babies were dead. The two full-term boys were still blinking, although their lips had turned blue. A guard battered them to death with forceps, the witness said.
(合計7人の子供ーうち5人は未熟なまま薬物で出産させられたーがその箱に死ぬまで放置された。二日後、未熟児は死に、二人の満期で生まれた子供は唇が青ざめながらもまだまばたきをしていた。守衛は鉗子で彼らを打ち殺した。)
At the Nongpo centre in Chongjin, witnesses saw the "children of betrayers" tossed into a wicker basket, covered in plastic sheeting and left to die. One woman watched the killing of seven babies, taken from their mothers and left face-down on the ground within their view.
(チョンジンのナンポセンターでは、複数の証人が目撃した。"裏切り者の子供"がかごに放り込まれ、ビニールシートで覆われ、死ぬまで放置された。ある女性は7人の子供が殺されるのを目撃した。その子供達は母親達から取り上げられ、床に顔を下にしたまま放置された。母親達の目の前で。)
After two days the guards smothered any that were still alive. "Guards would say the mothers had to see and hear their babies die because they were Chinese," the report said.
(二日後、守衛達はまだ生きていたこどもをすべて窒息死させた。「守衛達はこう言っていたという。お前達母親は子供が死ぬのを見、そして聞かなければならない。そいつらは中国人なんだから。」とリポートは伝えている。)
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2006年09月11日
組織移植
「The Times」から。
イギリスで移植用の骨やじん帯などが不足して、アメリカから輸入しているらしい。ところが、その輸入した組織が生前の同意を得ていない死者から取ったものだったり、HIVなどの病気のチェックがなされていない汚染物だったりする可能性があるらしい。既に77の組織が移植されており、被害者は今後検査を受けるという。
臓器は周知の事実だが、骨、じん帯、皮膚、腱などの組織も、既に企業によって売買されているとは知らなかった。アメリカでは、組織のドナーは報酬を得てはならないそうだが、それを売買する企業は当然のことながら利益を得る。なんだか、人の体でぼろもうけする、ぼったくり屋に見えるが、必要としている患者から見ればありがたい企業ということになるのだろう。
とはいえ、同意を得ない死者から組織を取り出すため、葬儀屋とぐるになって死体から組織をかっぱらう、となると話が違う。もはや目を覆いたくなるような惨状だ。死体をあさると言えば、ハイエナ、ハゲタカがよく引き合いに出されるが、彼らは自分の命のために食べこそすれ、金欲のために死体をあさるような真似はしない。やはり、さすがは人間、としか言いようがないというところだろうか。
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2006年09月04日
世界的な蔓延~肥満
アルジャジーラから。シドニーで開かれている国際会議で、肥満の世界的な蔓延が指摘されたそうだ。WHOによれば、10億人の成人が体重オーバー、そのうち3億人が肥満に該当するらしい。今や、世界は栄養不足の人間よりも、体重オーバーの肥満傾向の人間の方が多い時代に突入したそうだ。
子どもの肥満も深刻で、このままの傾向が続けば、歴史上初めて親よりも先に死んで行く世代が出現しかねないという。日本もそうだが、欧米の子ども達は高カロリー、高脂肪のスナック菓子やファストフードを、間食はおろか朝食、昼食などでも日常的に取っているため、肥満児が恐ろしい勢いで増加していることは常々指摘されている。
私の子どもの頃は、世界はまだ「餓え」の方が多かった。というより、人類の歴史そのものが「餓え」との闘いであった。「飽食」など、長い長い人類の歴史で見れば、近年初めて出現した奇跡的状況と言っていいだろう。文明は、爛熟期に入るとやがて滅亡する。爛熟と頽廃が滅びをもたらすのは、ひとり文明に限ったことではない。「肥満」にあえぐ現代人は、まるで頽廃した王国のいぎたない国王を思わせる。豊かさという穏やかそうな顔をした現代が、実はのっぴきならない危機的状況にある、という感じか。
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2006年08月01日
Save Darfur
政府と反政府ゲリラの間に停戦協定が結ばれ、これで好転するかと思われたスーダン情勢だったが、依然として状況は変わっていないようだ。今日も、savedarfur.org からサポート要請のメールが届いていた。イスラエルのレバノン侵攻もさることながら、それを遥かに上回る桁違いの修羅場がまだアフリカに存在している。
ちょっと古いが、4・29付のニュースが8月号「CNN English Express」に載っていた。俳優、と同時に監督でもある、George Clooneyが現地の様子を伝えていた。現地に赴いて、何に一番驚いたかという問いに、彼はこう答えていた。
The cruelty that happens. The fact that a goverment would do this to its own people - not just starve them but litterally attack them and allow them to be raped and killed. That was the thing that I will take away forever.
(その、起こっている残虐さにです。政府が、これを自国民に対して行っているという事実、たんに彼らを飢えさせるだけではなく、文字通り彼らを攻撃し、彼らがレイプされ、殺されるままにしているという事実に。それこそ、私が永遠にあの場所から持ち帰りたかったものです。)
スーダン政府がスポンサーと言われる、アラブ系組織ジャンジャウィードが元凶。女性はレイプされるか、殺されるか。手足を切断された子供達がそこらじゅうにいる。CNNのアンカー、アンダーソン・クーパーははらわたをえぐられて殺される女性達、火に投げ込まれて殺される子供達もいるという惨状を指摘している。レバノンの死者は幸い?まだ百の単位だが、スーダンの方は既に何10万の単位だ。家を追われて流浪する人々は200万、300万の単位だ。が、ニュースにはならない。レバノンの十分の一ほども、百分の一ほども、ニュースにはならない。
いったい、我々は何をしているのだ?
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2006年06月06日
21世紀のEXODUS
スーダンの難民がイスラエルに入国して捕らえられているらしい。しかも、イスラエルとスーダンは敵国の関係にあるため、捕まったスーダン人は強制送還されるのが基本らしい。現在、200人ほどが留置されており、入国者はさらに増えつつあるという。
とはいえ、強制送還すればスーダン政府に殺害されるのは目に見えているため、イスラエルの公民権団体が救済を訴えているらしい。聖書の次の戒めを引用して。
“You shall not wrong a stranger or oppress him, for you were strangers in the land of Egypt” (Exodus XXII, 20)
(他国の者を苦しめてはならない。また、これを虐げてはならない。あなたがたも、エジプトの地で他国の者であったのだから。 出エジプト記22章20節-21節? Timesonlineより)
聖書の時代から祖国を追われ、第二次大戦時にはナチスの大虐殺に追われた苦難の歴史を持つだけに、敵国とはいえ、200万人以上と言われる今回のスーダンの難民に対しては、イスラエル人も同情を禁じ得ないらしい。難民を受け入れる余裕はないが、政府としてもより良い解決策を考えるそうだ。
それにしても、21世紀のEXODUSとは。人は旧約聖書の遥か昔から、何も変わってはいない、というのか。
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2006年05月17日
韓国の拉致問題 ~「朝鮮日報」から~
拉致被害者、横田めぐみさんの父滋さんと韓国の被害者金英男さんの母崔桂月さんとの会合が、韓国の「朝鮮日報」にも大きく取り上げられていた。関連記事を読んでみたところ、4月28日の記事が目に付いた。題して「A Sorry Tale of Silence and Neglect」。沈黙と無視という悲惨な話。
先月横田さんのお母さんがブッシュ大統領と面会した際、韓国大使が会合に参加しなかったことに触れて以下のように述べている。
That is depressing news, and it perforce raises the question once again who this government is working for. The government knew that its own people, who had disappeared 30 years ago, were working to train North Korean spies, yet for nearly 10 years it never once raised the issue with Pyongyang. What’s worse, it didn’t even tell the families, who had agonized about their children’s fate for 30 years.
(気の滅入るニュースだが、これは必然的にまた次の疑問を呼び起こす。「この政府はいったい誰のために働いているのか?」。政府は、自国の国民が、30年前に行方不明となった国民が、北朝鮮のスパイの訓練をしていたことを知っていたにも関らず、10年近くもの間、ただの一度もこの問題を平壌との協議で取り上げることがなかった。さらにひどいことに、政府は30年間も子供の運命に苦しんで来た家族に対してそのことを告げることさえなかったのだ。)
韓国が拉致問題に積極的ではないとはよく聞く話ではあったが、これを見ると確かにそうらしい。日本はこの問題をやかましく取り上げすぎだ、あれではうまく行かない、といったことも韓国政府筋では言っていたそうだが、小泉首相の訪朝以来、逆に北朝鮮に拉致を認めさせ、被害者の帰国を促し、それなりの成果をあげている日本に比べて、自国の被害者を省みず、ブッシュ大統領との会談の席にも欠席するような韓国政府の対応が、ここではかなり批判されている。
After Seoul at last announced to great fanfare that it would raise the abduction issue at the ministerial talks now the cat was out of the bag, all it came back with was a vaguely worded statement that “both sides will make efforts to resolve the issue of people whose whereabouts were not confirmed during and after the war.” Does this government have any shame?
(ついに政府が拉致問題を政府間協議で取り上げることを鳴り物入りで宣言し、秘密にされて来た拉致問題が暴露されたものの、政府が持ち返って来たのは次のような漠然とした声明に過ぎなかった。「両国は、戦中、戦後にかけて所在が確認されていない人々の問題解決に努力する所存だ」。この政府には恥というものがあるのだろうか?)
いろいろ批判はあるものの、この問題に関しては、日本はかなりマシ、と言わなければならないようだ。
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2006年05月06日
SAVE DARFUR2
Save Darfur Coalition からメールが届いた。
I have some good news to report! Earlier today, the Sudanese government and two of the main Darfur rebel factions signed a peace agreement to end three years of fighting that has killed hundreds of thousands and displaced millions from their homes.
(良いニュースをお知らせします!今日の朝早く、スーダン政府とダーファーの2つの主要反政府勢力が、3年に及ぶ戦闘に終止符を打つ和平合意に署名しました。その戦闘では、これまで数十万人が殺害され、数百万人が家を追われています。)
This is only the first step toward ending the violence in Darfur and putting a stop to the tragic genocide.
(これは、ダーファーの暴力を終わらせ、大虐殺の悲劇を食い止めるための、ほんの最初のステップに過ぎません。)
savedarfur.org のサイトから、ブッシュ大統領に送られたメールは80万通に達したらしい。そして、集会のあった翌日、ブッシュ大統領は和平のために特使を派遣したそうだ。ほんの第一歩に過ぎないとは言え、世界が前向きに変わろうとしている。たった一通のメールを送っただけではあるが、世界の大きな、それも前向きなうねりに、リアルタイムで関われたことがうれしい。コンピュータの世界に入って以来、初めてインターネットの威力を実感した。
As we continue the fight, there will be many more opportunities for you take action and help make a difference.
(我々が闘いを続けて行く時、さらに多くのチャンスが訪れることでしょう。あなたが行動を起こし、影響を及ぼす一助となるための。)
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2006年05月01日
スーダンの危機~the biggest humanitarian crisis~
18万人以上の死者と200万人もの難民があふれるスーダン。ナイジェリアで行われている協定会議は反政府側が要求の全面許諾を求めて一歩も退かず、未だ合意に達する気配はないようだ。国連は「the biggest humanitarian crisis(最大の人道的危機)」と警告しており、アメリカでは昨日救済を訴える集会が各地で開かれたらしい。
CNNの記事(AP通信)から。
一般市民。
"It is the socially responsible, good-conscience thing to do," said Ron Fisher, who took a pre-dawn bus from Cleveland with his 15-year-old daughter, Jordyn. "It's an opportunity to show my daughter what people do when they care about something."
(「これは社会的な責任のある、良心的行為だ。」ロン・フィッシャーは言った。彼は15歳の娘、ジョーディンと共に、クリーブランドから夜明け前のバスに乗って来たのだった。「これは、人々が何かを危惧する時、人々がどういうことをするものか、娘に見せる良い機会だ。」)
上院議員。
"If we care, the world will care," Obama said. "If we act, then the world will follow."
(「もし我々が関心を持てば、世界が関心を持つだろう。」オバマは言った。「もし我々が行動すれば、世界がそれに続くだろう。」)
俳優。
"This is in fact the first genocide of the 21st century, but there is hope: all of you," the actor said. "Every one of you speaking with one voice, every one of you."
(「これは本当に21世紀最初の大虐殺だ。しかし、希望はある。それは、君達みんなだ。」俳優が言った。「声をひとつにして話している君達ひとりひとり、君達ひとりひとりだ。」)
議員、俳優、ノーベル平和賞受賞者、大司教etcから一般市民までが参加する集会。世界に関わろうとするこの積極性は、イラクを戦場にしてしまう積極性と同根のものなのだろうが、なんにせよ日本人の中にはなかなか見出し難い姿勢だ。功を奏することを祈る。
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2006年04月25日
gomi-yashiki
朝日新聞の英語Webページに興味深い記事があった。
TV「いきなり黄金伝説」の初期の頃、ゴミに埋もれて生活する人を更生させよう、という企画があった。家の中どころか、家の敷地をも埋め尽くすゴミの山の中で生活する人々にぶったまげたもんだったが、今、70代の老人達にそうした病的な収集癖を持つ訳でもないのに、ゴミに埋もれて生活する人が増えているそうだ。その理由の一つは、年齢、障害等で、ゴミ・ステーションまでゴミを運べない、というもの。そして、もう一つの理由が以下。
Others have been terrorized by local recycling nazis, neighbors so fanatical about enforcing the rules about how rubbish ought be prepared for collection that people are scared to put out their trash. (他の人々は、地域のリサイクルング・ナチに怖れをなしていた。というのも、ゴミ収集にどうやって出さなければならないかというルールを実施することにあまりに狂信的な近隣の人々のおかげで、怖れをなしてゴミを出すことことができないというのだ。)
かくして全国の自治体がゴミ屋敷に頭を悩ませているという。リサイクリングという環境保護のために喜ばしいはずの活動が、行過ぎて人間を追い詰めるという皮肉。老人を取り巻く環境は、地球を取り巻く環境に劣らず危機的なのかもしれない。
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2006年04月21日
ルーシー・ブラックマンさん殺害事件
元英国航空の女性客室乗務員、六本木ホステス、ルーシー・ブラックマンさんが、失踪後バラバラ遺体となって発見された事件。その裁判記事がイギリスの「The Times」に掲載されていた。証言台に立ったルーシーさんの母、ジェーンさんの言葉が生々しいまでに悲しみを伝えている。英語を勉強し始めて1年余りになるが、これほど心を揺さぶられる英文を読んだのは初めてだ。とても原文の痛々しさを伝えられるものではないが、試みに抜粋して訳してみる。
記事はこのように始まる。
The utter anguish of a mother who loses a child to murder was laid bare yesterday when Jane Steare told a court of the unrelenting pain she had suffered since Lucie Blackman was drugged, killed, dismembered and buried in a Japanese seaside cave.
(子どもを殺人で失った母親の深い苦悩が吐露された。昨日、法廷でジェーン・スティアさんは、娘のルーシー・ブラックマンさんが薬物を飲まされ、殺害され、遺体を切断され、日本の海岸の洞窟に埋められて以来の間断ない苦しみについて語った。)
中略
“I spent seven months praying (Lucie) be found (alive), but my worst fears came true when she was found not only dead, but her beautiful body had been chainsawed into pieces, her beautiful long blonde hair had been shaved off and her head had been encased in concrete,” she told the court, struggling to control her emotions.
(「7ヶ月の間、私はルーシーが見つかってほしいと祈りながら毎日を過ごしました。が、最も怖れていたことが現実のものとなってしまいました。彼女は死んでいたばかりか、彼女の美しい体はチェーン・ソーで切り刻まれ、美しい長いブロンドの髪は剃り取られ、彼女の頭はコンクリート詰めにされていたのです。」法廷で彼女はこう語った。必死に感情を抑えようとしながら。)
“I used to believe that the sorrow of any parent losing a child is the greatest sorrow anyone can know. I was wrong. To lose a child and know her body was desecrated in such an inhuman way is the greatest and most unrelenting pain I have ever had to endure. It is with me day and night.”
(私は今まで、子どもを失った親の悲しみは誰もが理解することのできる最も大きな悲しみだと信じていました。私は間違っていました。子どもを失い、そしてその子の体がそのような非道なやり方で冒涜されたことを知ること、それこそが最も大きな、そして最も止むことのない苦しみです。これまで私が耐え忍ばなければならなかった、そして、今なお昼も夜も私と共にある。)
中略
“I was so proud to be a mother when she was born. I would watch her sleeping and wonder at the beauty of her little hands and feet.”
(私は彼女が生まれた時、母になったことをそれは誇らしく思いました。私は彼女が眠っている様子をよく見守っていたものです。そして、彼女の小さな手と、足の美しさに不思議な感動を味わったものです。)
“I’ll never see her face, hear her voice or stroke her beautiful hair ever again. I will never smell her lovely skin. I’ll never hear her laughter. All I feel is this deep longing ache which never goes away.”
(私は、もう彼女の顔を見ることは決してないでしょう。彼女の声を聞くことも、彼女の美しい髪をなでることも、もう二度。私はもう彼女のかわいい肌のにおいをかぐことは決してないでしょう。彼女の笑い声を聞くことは決してないでしょう。私が感じるのは、ただこの深い、絶え間ない痛み、決して消え去ることのない痛みだけです。)
織原城二被告は、服を脱いで洗面台にしがみつき、出廷を拒否したそうだが、その彼についてはこう語っている。
“The fact that Obara has refused to attend court to face the families of his victims today is very dishonourable and a clear sign of his guilt,” she said. “He is a coward.”
(「織原が今日、犠牲者の家族と対面する法廷への出席を拒否した事実は、極めて恥ずべきことであると同時に彼の有罪を示す明らかな証拠です。」と彼女は言った。「彼は、憶病者です。」)
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,3-2143931,00.html
それにしても、事件のあった2000年当時にはうるさく報道されていたのに、その後はさっぱり報道された記憶がない。裁判は去年から始まっているようなのに。昨日の裁判も、「The Times」が報じていたから目についたが、そうでなければ気づかなかったような気がする。Webで調べた限りでは、朝日に記事はないし、毎日と読売も簡単な記述しかしていない。
なんでも、被告は在日韓国人or朝鮮人らしいのだが、ネットでざっと調べたところ、日本のマスコミは在日朝鮮人の犯罪は報道しない、という風説が流れているようだ。
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/23140866.html
http://coronstyle.exblog.jp/1932434/
http://chapel.vivian.jp/mt/archives/200503/24-171959.php
真偽のほどは定かではないが、外国人女性のバラバラ殺人というショッキングな事件で、しかもその被害女性の母親が来日して法廷に立っているというのに、妙だな、という感は否めない。報道で判決がどうなるというものではないにしろ、ルーシーさんにこんな酷い死に方をさせてしまった国としては、来日した母親のためにもせめて誠意ある報道をお願いしたいものだ。
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2006年03月13日
ケニアが危ない2
旱魃の続くケニアの様子をイギリスの「The Times」が伝えていた。北ケニアに向けて車で走って行くと、水や救援物資を乞いに人々が群がって来る様子を見かけるという。
Fetching water is women's work in this part of the world. But in parched northern Kenya ― where a two-year drought is threatening to plunge the country into famine and change for ever an age-old pastoral way of life ― fetching water means begging at the side of the road.
Bishara Muhammad, 40, hefts a half-filled bottle on to her hip. “There's nothing to eat,” she says.
“The cows are finished, the goats are finished. We have no work, nothing. Even the camels are finished which means there can be little chance for us. Our only hope is the road.”
水汲みはこの地域では女性の仕事だ。が、この干上がった北ケニア、2年間の旱魃で飢饉に瀕し、長年にわたる牧歌的な生活様式が永久に損なわれようとしているこの国では、水汲みは道端でものごいすることを意味している。
ビシャーラ・ムハンマド、40歳は、半分水の入ったビンを腰に持ち上げた。「食べるものは何もありません。」彼女は言う。
「牛は尽き、山羊は尽き、私たちは仕事も、何もありません。ラクダでさえもが尽きてしまい、私たちにはほとんど生きるチャンスはありません。唯一の希望は、道なのです。」
(「The Times」より)
男達は大型の家畜を牧草地を求めて連れて行き、後には女性と子ども達が自力で生き延びるべく残されたという。3月から始まるはずの雨季も気配は感じられず、事態はいっそう深刻さを増している。ケニアだけで350万人、ホーン・オブ・アフリカ(アフリカ東部地方)では1,150万人が飢えに瀕しているという。先週のCNNの報道で、日本からの米が配給されたことを知ってちょっとうれしかったが、WFP(国連世界食糧計画)によれば、今月末までには救援物資も底を尽き始めるそうだ。こんな非常事態のさなか、隣のスーダンは内戦に明け暮れ、100万単位の難民を生み出している。天災だけでは足りないというでも言うつもりか。
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2006年03月01日
どの国も…
日本に限らず、アメリカ、イギリスもまた大学生の学力低下に悩んでいるが、日本と違って両国は早くも本腰を入れて改革に乗り出すようだ。特にイギリスは過激だ。11歳の時に行われる学力テストの結果で上位5パーセント以内のAレベルの子どもを選抜し、18歳になって大学を受ける時に一流校への推薦入学の権利を与えようというのだ。中等教育がせっかくの優秀な子ども達をだめにしている、という実状を踏まえ、その子ども達の救済策ということらしい。しかも、対象の子ども達がその後トリプルAの成績を取れなかった場合、在籍校がその理由を調査、報告しなければならない義務まであるそうだ。ここまで中等教育が信用されていないとは恐れ入るが、選ばれた子どもはともかく、選ばれなかった子どもらはどうなるんだろう?あほらしくて、その後の努力なんかしてられない、と思うのは私だけだろうか?が、どうもこの法案は通りそうな雰囲気だ。
アメリカの方は、ブッシュ大統領が教師のレベル引き上げとかなんとか改革について言っていたようだが、果たしてどうなることやら。なんせ、未だに進化論問題をぐずぐず引きずっている始末。しかも、神にも似た知的な意志による進化の方向付けがなされていたというインテリジェンス・デザインなる、理論だか、信仰だかを進化論に変えて教育現場に持ち込もうという動きまであるのだからあきれる。進化論が正しいかどうかはともかくとして、インテリジェンス・デザインは少なくとも現段階では信仰宗教といい勝負というレベルのしろもんだろう。
神のお造りたもうた人間様を、猿ごときと同列にされてたまるか!という考えが大真面目にまかり通っているのを示すのが以下の言葉。進化論を学校で教えるな、進化論は間違いだとちゃんと教師に教えさせろ、という法案を提出して残念ながら28-46で負けた上院議員の弁。
"I don't believe that anybody in there really wants their kids to be taught that their great-grandfather was an ape," Buttars said.
(私は議会の誰もが、自分の子ども達に彼らの先祖が類人猿だったなどと本当に教えてもらいたがっているとは思っていない。 CNNより)
どうやら、理性、知性などなくとも、文明国の議員は勤まるらしい。
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2006年02月28日
今日のでき事 '06.2.28
セルビア・モンテネグロが国際法廷で裁かれる。1992ー95年、旧ユーゴスラビア時代のボスニア人大虐殺の件だ。95年、Srebrenicaにおける8,000人の虐殺などを含め、この間の戦争で10万人が殺されたという。ボスニア人はこれを非セルビア人を根絶やしにしようとした集団虐殺「genocide」と位置付けている。
一方、現在のスーダン、チャドの国境で大量の難民が発生している。スーダンの内乱を逃れてチャドへと避難した民間人が20万人以上。その上、国境を越えてスーダンの反乱軍がチャドへも押し寄せてさらなる略奪、虐殺を行っている。
Arab gunmen from Darfur have pushed across the desert and entered Chad, stealing cattle, burning crops and killing anyone who resists. The lawlessness has driven at least 20,000 Chadians from their homes, making them refugees in their own country.
(ダーファーから来たアラブ人のガンマンが砂漠を越えてチャドに侵入し、牛を奪い、作物を焼き払い、抵抗する者は誰彼構わず殺している。無法状態は少なくとも2万人のチャド人を家から追い出し、難民とした。彼ら自身の国の中でだ。「The New York Times」より。)
両国ともに内乱を抱え、その上双方の反乱軍が国境地帯を出入りしているから一層ひどい。スーダン人だろうが、チャド人だろうが、国境地帯にいれば同じことだ。これから難民キャンプの大移動が始まるようだが、そうなればこの地帯にいる国連の支援グループも撤退し、いよいよ無法地帯と化して行くことになるという。
そして、イラク。モスク爆破以来、報復、テロ行為が蔓延し、内戦突入が懸念されている。これまで、自爆テロ、外国人拉致のはびこるイラクの惨状をアメリカ、イギリスのせいにして憎んで来たはいいが、同じイラク人同士でも憎くてしょうがないらしい。国連軍が去れば、内戦、それに乗じた近隣諸国の介入により、イラクが火達磨になりかねないというアメリカの心配の方が、あとは俺たち自身にまかせて占領軍はさっさと立ち去れというイラク人の主張より遥かに説得力がある。
これが、たった今日一日の世界のニュース。それも、ほんの一握りの。
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2006年02月14日
ムハンマド風刺画問題~その後2~
イランの「Hamshahri」がホロコーストの風刺画募集をほんとにやった。公示されたコンテストのタイトルは、「What is the Limit of Western Freedom of Expression? 」(西欧の表現の自由の限界は?)。
As usual, freedom of expression is used to serve as an excuse for westerners to attack sanctities of the Muslims in blatant disregard for moral principles and respect for opinions of others. The attack comes despite the fact that it is an unforgiven crime in the West to debate and critique many issues including the domineering system, looting and crimes perpetrated by the US and Israel as well as alleged historical events like the Holocaust.
(中略)
In the wake of the publication of the profane cartoons in several Europeannewspapers,Hamshahri is going to measure the sanctity of freedom of expression among the westerers. (後略)
(例によって、表現の自由がモスリムの神聖を攻撃するための都合の良い言い訳として西欧人に利用された。道義は露骨に軽視され、他者の見解に対する敬意もない。西欧には、論議することも批評することも許されない罪とされる多くの問題がある。傲慢な支配体制、アメリカやイスラエルのしでかした略奪、罪はもちろん、ホロコーストのような歴史的(とされている)事件がそうだが、にも関らず、その攻撃はなされた。
(中略)
ヨーロッパ諸国で神を冒涜する風刺画が発表されたのにならって、Hamshahri は西欧人における表現の自由がどの程度高潔なものか確かめてみようと思う。)
はた目にはヨーロッパ陣営が痛いところを突かれたように見えるが、どんなもんなのだろう。しかし、だとすれば、事が実際欧米人が最も触れることを忌避するホロコーストだけに、なおさら理性を超えた反発が予想される。
コンテストのマネージャー曰く。"We don't intend retaliation over the drawings of the prophet.We just want to show that freedom is restricted in the West."(我々は預言者を描いたことに対して報復しようというのではない。西欧で自由が制限されていることを示したいだけだ。)その他、イスラエルからの応募も拒まないとの挑発的な発言もあれば、侮辱的なものは受け付けないというまっとうな発言もあり、公正なんだという姿勢を見せようという意図が感じられるが、この呼びかけに応えて早くも応募作品がブラジル人、オーストラリア人から寄せられたそうだ。今度は当分イスラム陣営が押す番、か。
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2006年02月10日
ベスラン学校占拠事件~その後~
2004年9月、ロシアで起こったベスラン学校占拠事件。罪もない子供達を中心に300人以上もの犠牲者を出した凄惨な事件だけに記憶に新しいが、ただ一人生き残った実行犯への判決が今月中に下されるらしい。が、その裁判の進行をめぐって遺族達が反発している。早すぎる、というのだ。
現在、遺族達の関心は実行犯よりも、むしろ事件の鎮圧にあたった当局にあるらしい。事件の前にテロの可能性を当局は察知しておりベスラン地方の警察に警告していたこと、警察はその警告を真に受けずに一人の警官しか配置しなかったこと、鎮圧に当たった部隊が体育館の屋根に火を放って建物の崩壊を招いたこと、軍の戦車が生存者がいるにも関わらず砲撃したこと等が証人の証言で明らかになって来たらしいが、生き残りの実行犯を処刑することで、それらすべてが闇に葬られようとしているというのだ。そして、何よりも遺族達が知りたい事件の核心が葬られようとしているという。
"Almost a year and a half afterward, the commission has failed to answer the main questions: What caused the two blasts inside, and which officials should bear responsibility," (体育館内部で起こった2度の爆発。人質となった子供達の命を奪ったその爆発を引き起こしたものは何なのか?最も重要なその問いに調査委員会は答えていない。当局はその爆発に責任を負うべきなのだ。)
今、遺族達はハンガーストライキをしているという。
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2006年02月07日
ムハンマド風刺画問題~その後~
いよいよ混乱が深まるばかりのムハンマド風刺画問題。デンマークでは極左、極右による反政府、反イスラム双方のデモがあったようだ。パレスティナ、イラクを始め、各地で過激派が報復を警告している様子。そして、とうとうイランの新聞「Hamshahri newspaper」が報復としてホロコースト(ナチのユダヤ人虐殺)の風刺漫画コンテストを行うと発表した。以下が編集者の言葉。
"The Western papers printed these sacrilegious cartoons on the pretext of freedom of expression, so let's see if they mean what they say and also print these Holocaust cartoons," he asserted.
(西欧の新聞は表現の自由を口実に神を冒涜する風刺画を掲載した。だから確かめてみようではないか。彼らが言葉通りのことを言っているかどうか、今度もホロコーストの風刺画を掲載するかどうか。)
核査察問題を衆目からそらす格好の材料として、風刺画問題を国家的に利用している感もあるが、大統領がホロコーストをイスラエルの占領を正当化するための「神話」と平気で言い放つ国だけに大まじめでもあるのだろう。イスラエル、パレスティナの緊張が高まっている時期だけに、これをやったら本当にえらいことになるかもしれない。
名目はともかくとして、問題の風刺画を掲載した国は今日で18ヶ国になるそうだが、なんとその中に日本も入っている。いったいどこの新聞だ?こんなアジアの辺境でなら何を書いても筆禍は及ぶまいと高をくくって図にのっているのだとしたら恥を知るがいい。ろくな外交もできず、ろくな国際認識も持たない世界の田舎者が、調子にのってしゃしゃり出るとは片腹痛いにもほどがあるというものだ。
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2006年02月02日
マホメット漫画問題
デンマークの新聞がマホメットをテロリストのように描いたことで、イスラム世界から激しく非難されているが、今度はヨーロッパ各国がデンマークの新聞の擁護、イスラム世界の批判などを始めた。特に過激だったのはフランスの「France Soir」。仏陀、キリスト、マホメットなどの神々を雲上に描き、キリストにこう語らせている。
Don't complain Muhammad, we've all been caricatured here.
(そう文句を言うな、マホメット。みんなこうやって漫画にされているんだから。)
ドイツの「German daily」も過激だ。
There is no right to protection from satire in the west; there is a right to blasphemy.
(西洋には風刺から保護する権利はないが、神を冒涜する権利はある。)
この他、イタリア、スペイン、オランダなどもこの漫画問題を取り上げ、積極的なイスラム批判、もしくは客観的報道の立場から問題の漫画を紙上に掲載したらしい。
中立的報道姿勢を維持している新聞もあるとはいえ、はた目にはイスラムに対するヨーロッパ陣営の総反撃としか見えない。宗教的ドグマによる抑圧、民主主義の根幹である表現の自由を理解しない浅はかさ、といった論調にはイスラムに対する蔑視、敵意すら感じられる。
それにしても、欧米の人間というのは、どうしてこうも他者の立場に立ってものを見るということができないのだろう?程度の問題はあるにしろ、コーラン、マホメット、宗教的指導者等の冒涜に、イスラム社会の人々がどれほど敏感に反応するかは、いやというほど分かっているはずではないか。そして、それが彼らの信仰によるものだということも。彼らの神聖視するものが、仮に異なる神を奉ずる欧米人に愚かで無価値なものに見えたとしても、イスラム社会の人々の崇拝、神聖視するものを平気で踏みにじって良いということにはならないだろう。それを、「表現の自由」の一点張りで、「表現の自由」を抑圧するイスラムこそが悪いのだ!、こんなことで怒る彼らの方がおかしいのだ、と、どうしてあっさりと居直ることができるのか?私にはまったく理解することができない。
長い長い歴史的な闘争、そこから生まれた不信、憎悪が双方に深く根付いているのかもしれないが、自分達の立場、考えを絶対視して、他者の立場、考えを理解しようとしない欧米の態度は、どう考えても誉められたものではない。デンマークでは土曜あたりに反イスラムのデモが予定されているそうだが、手を出したのは自分達にも関わらず、殴られて怒るおまえらが悪いなどという厚顔無恥な態度をほんとに取るとすれば、デンマークの恥ずかしさもここに極まるというものだ。
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2006年01月26日
googleが中国政府に屈した
中国に進出した Google.cn がたたかれている。中国政府の抗議に屈して検閲を受け入れ、天安門事件や台湾関係の情報の削除に応じたのだそうだ。将来的な自由化、緩和に有効と考えたというコメントが出されているようだが、今まで公開性、自由を標榜して発展して来た企業だけにかなりの反発をあびているようだ。
それにしても、中国。つい昨日、世界5位にのし上がった経済成長ぶりを誇っていたばかりだが、未だに情報統制下にある未開社会。"great firewall" で、インターネットそのものまで国家に情報統制されている始末だ。それと知らぬ人民は、日本たたきによるナショナリズムの高揚で共産党の時代遅れ、権威の弱化を糊塗する教育政策にまんまと踊らされ、情報統制によってゆがんだ眼差しを身につけたあげくに、経済と民族意識ばかりを肥大化させている。異様に不気味な国と言わざるを得ない。
冷戦時代に横行した"ハニー・トラップ"、KGBが得意とした色じかけで外国大使館員、要人等を陥れる時代錯誤の諜報活動を未だに国家的に推し進めているのはこの国ぐらいで、ものの見事にはめられた日本大使館員が自殺に追い込まれたという記事が「週間文春」に載っていたが、こうなるとそれも実にあり得る話と俄然信憑性を増してくる。
いったいこの先何をしでかすんだか、計り知れない。情報統制でまともな思考のできる国民がいないのだから何が起こっても不思議はない。もっとも、未だにまともな外交ひとつできないくせに、靖国だけは「心の問題」と、国際化とはほど遠い時代錯誤のたわ言を繰り返すバカをかついでる日本も、人のことを言えた義理ではないが。
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,25689-2009397,00.html
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2006年01月18日
ケニアが危ない
東証の取引停止がCNNのサイトでも報じられていた。Livedoorショックはかなりのもんらしい。だが、それより目を引いたのはケニアの旱魃の話。350万人が飢餓に瀕しているらしい。しかも、ケニアには余剰の穀物があるにも関らず、それらは国内には供給されず外国へ輸出されるているそうだ。
このまま寄付が得られないと、2月中にはWFP(the World Food Program)の救援の食糧も尽きるらしい。先の呼びかけも反応が薄かったらしく、昨2005年のニジェールのように、死者が出始めてからようやく寄付が集まるという事態にならなければ良いが、とWFPのスポークスマンは懸念している。いち早くイギリスが救援を約束したようではあるが、取材されたある病院では11月に2人、12月に4人、今月は15日の段階で既に3人の子どもが栄養失調で死んでいるそうだ。
"Our previous warnings and appeals have sadly received little response from the donors. What is a very limited window of opportunity to avert mass suffering in Kenya is closing very fast," he said. "We don't want Kenya to become another Niger, where in 2005 donation only increased when people started dying after months of appeals for contributions to prevent deaths."
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2006年01月12日
大隈塾
早稲田に「大隈塾」なる講座があるらしい。財界、政界で活躍する著名人を講師に招き、エリートを養成しようというのがねらいらしい。「エリートのいない国は滅び、企業は強くなれない」。講師の一人、丹羽宇一郎・伊藤忠商事会長の言葉だそうだ。この講座を受講したある学生は、次のように語ったという。「下にいる者を引っ張り、道を切り開く。自己犠牲をいとわない真のエリートになりたい」。
明治以来、日本は教育で国民の水準を引き上げ、さらにその中から優秀な人材をエリートとして吸い上げることで世界と闘って来た。それが、「ゆとり教育」だ、なんだで、日本の国家的土台である教育がダメになり、さらに悪しき平等主義教育によってエリートが不当に蔑視され、育たない風潮が形成されつつあった。その背景に国家、企業をリードするエリートの名に値しない者たちの腐敗があったのはもちろんだが、これでは青雲の志に燃えて勉学に励む若者が腐るほどいる東南アジア諸国に太刀打ちできるはずがない、という危機感を感じていた。が、ようやくこれまでの反動か、再び日本にも真のエリートを育てようという動きが出てきたらしい。ちょっと注目、という感じだな。
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2006年01月06日
ボノとビル・ゲイツ~a new hope~

「TIME」の2005/12/26 & 2006/1/2合併号が興味深い。「TIME」の選ぶ「Persons Of The Year」としてU2のボノ、マイクロソフトのビル・ゲイツ夫妻が紹介されている。ボノが人権擁護、貧困救済等の活動に精力的なのはノーベル平和賞にノミネートされたことでも有名だが、ビル・ゲイツ夫妻が基金まで作って同様の活動を行っていたとは知らなかった。
'85年のLiveAID後、アフリカの貧困問題と深く関わるようになったボノに一通の書簡が届いたそうだ。
Then in 1997 he(Bono) received a brief from a development advocate, Jamie Drummond, that pointed out that although Live Aid raised $200 million, Ethiopia alone paid $500 million in annual debt service to the world's lending institutions.
たとえライブ・エイドで2億ドルを集めても、年間5億ドルの負債の返済に苦しむエチオピアには焼け石に水だ。欧米諸国が負債を帳消しにしない限り、アフリカの真の貧困解決はない。これ以来、ボノは精力的に各国の指導者達に負債の帳消しを説いて歩いているらしい。ライブ・ステージの合間にさえ、招待したVIP達とステージ裏でそうした会話をしているそうだ。クリントン政権時には60億ドルの負債の帳消しを約束させ、昨年はブッシュ大統領とも会談し、さらなる働きかけをしている。(Jamie Drummond とはナチスのホロコーストを生き延びた活動家といったことが書いてあったような気がするが、正確なことはわからない。今見返してもどこに書いてあったかわからない。)
"The man who dies rich dies disgraced." -Andrew Carnegie
富に死すものは不名誉に死す、とでも訳すのだろうか。ビル・ゲイツの記事はこの言葉から始まる。自家用ジェット機でインドに降り立ち、5つ星のレストランからスラム街へと赴く。そこでは、9,000人の居住者をたった5人のヘルス・ケア・ワーカーが面倒を見ているという。
"Who owns the land?"(The doctor wasn't sure, but probably the government.) "How much do the health-care workers earn?"(Ten dollars a month.) "Is that a full-time job?"(No.)
ベッドに横たわる子供を視察し、食事を与えてさって行く夫妻。
"Very impressive," said Bill, using his default version of thank you. "Namaste [goodbye]," said Melinda, holding her palms together and bowing slightly.
この後、同行した記者がもう一度病院を訪れ、ビル・ゲイツ夫妻に接したSushilaという女性に彼らが世界一の金持ちであることを告げるのだが、それに対する彼女の答えが、ちょっと切ない。
I asked Sushila whether she knew the names of the people who had visited that morning. She said that she did not but that they were very nice. I told her the man in the khaki pants was the richest man in the world. Sushila smiled and said it didn't matter that he was the richest. All foreigners were rich compared with her, she said.
何かが間違っている…。
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2005年11月11日
ニジェールから
CNN Express11月号の記事から。80万人の子ども達が餓死の危機にさらされているという、アフリカ、ニジェール。「Doctors Without Borders」、日清のコマーシャルではない。「国境なき医師団」。ニジェールで活動する医師達の組織だ。彼らは、今年になってから既に、1万4千人もの子ども達を治療してきた。しかし、病院に来ることすらできない子ども達がさらに多く存在するという。
極度の栄養失調になると、細胞組織に水がたまるらしい。そして、皮膚が剥がれ落ちる。それでも、食欲のある子どもは助かる可能性がある。そうでない子どもは…。
CNN取材班がキャンプを訪れた時、ミルクを飲むことのできない、しかし生きている子どもがいた。医師達は言う。一日、二日、もちこたえられるかどうかが、問題なのだと。その子は、一日持ちこたえた。だが、翌日、CNN取材班が離れたほんの数時間の間に死んでしまった。
It's shocking how quickly things can change here, how ,in the blink of an eye , a child can simply vanish.
(ショックだ、ここではなんて急激に事態が変化しうることか。瞬きしている間に、子どもが簡単に消えてゆく。)
CNNの記者が医師に質問する。「このような光景に、なれるものなのか?」と。
Yeah,there's two or three a day. So, we know which ones are gonna go. There's some surprises. Those are a bit harder. You have to keep on going. You can't stop for a … for a … fot one death.
(ええ、日に2,3人はなくなります。だから、我々は誰が亡くなるかわかります。時には驚く死もあります。それは少しきついです。が、進まなければなりません。一人の死で、立ち止まる訳には行かないのです。)
もし、母親達の前で涙することなどあれば、ただ母親達を動揺させるだけ。だから、たんたんとベストを尽くすだけ。それが医師たちのスタンスらしい。
取材中に亡くなったHabu君。生後10ヶ月だったそうだ。母親は彼を無記名の墓地に残し、去っていったという。そして、彼の空いたベッドはすぐに他の子どもで埋まった。
May God bless Habu.
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2005年10月26日
あるアフリカのお父さん
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アフリカの貧しさが問題になっている。G8でも議題に上げられたし、Live8も行われた。今に始まったことではないが、未だになんにも解決していない。
いろんな原因はあるんだろうが、働けても働こうとしない日本人などと違い、みんな働きたいのに仕事がない、というのがアフリカの貧困の一つの特徴のような気がする。資本主義が根付く土壌を持っていない土地を、資本主義が襲った悲劇、という感じか。
今月号で紹介されたケニアは失業率が15パーセント。平成不況下で非常事態と言われた日本でも、せいぜい5パーセント程度だった。いかに大変かが想像できる。そんな状況下で自動車洗浄の仕事をしているOmura氏が紹介されていたが、彼の出勤風景がとても印象的だった。
After a quick breakfast of lukewarm tea and stale bread, Omura walks his children to school. He can't afford the bus fare into the city, so he has to trek for the next hour and a half ~
ぬるい紅茶と古いパンの手早い朝食の後、オムラさんは子ども達を歩いて学校まで送る。彼は街までのバス賃の余裕がないため、その後一時間半ほど歩かなければならない。
なにも、オムラ氏が好きでこれをやっているはずはないし、美化するつもりもない。が、子ども達といっしょに学校まで歩いているお父さんの姿がとても印象深かった。子ども達と話でもしながら歩いているのだろうか?あるいは、笑ったり喧嘩したりしながら歩いて行く子ども達を後ろから見守っているのだろうか?なんにせよ、そんな風に、子ども達と共に歩く父親の姿が、この日本の朝の風景にあるだろうか?
我々は彼らの持たないものを持っている。だが、もしかしたら、彼らは、我々の持たないもの、あるいは失ったものを持っているのではないか?陳腐ではあるが、そんな思いに駆られた。勝ち組、負け組。人を見下す快感や、人に見下される屈辱ばかりに汲々としている日本人。だが、日に、せいぜい1ドル程度しか稼げないオムラ氏は言う。「毎晩空腹を抱えて眠らなければならない人達も多い国で、食卓に食べ物を置けるだけでもありがたいことだ」と。
ここには、感謝はあっても優越感はない。自身の幸運を感謝こそすれ、他者を見下す眼差しなどどこにもない。
かつて、戦前から戦後にかけて貧しかった頃の日本も、こんな感じだった、ような気がする。子だくさんで貧しくて、苦労する父母を思いやることこそあれ、負け組だなんだと見下すことなどなかった、ような気がする。まして、小遣い銭ほしさに殺す対象にすることなど。
朝、子ども達とともに歩いている、アフリカのお父さん。妙に、今、私の心に語りかけて来る。
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2005年09月29日
お帰り、か~辻元清美~
政治家、と言えば、汚いというダーティーなイメージも多いが、政治家のみんながみんな、もしそうだったなら、日本はとっくにつぶれている。この国を良くしたいという志を持つ者、人として立派な者もまた、たとえ一握りだとしてもいるはずだ。暗黒面をあげつらうことしかできない今のマスコミからは残念ながら伝わって来ないが。
国会に復帰した辻元清美との居酒屋での談話をまとめた記事が、今日の毎日新聞のWebにある。これは良い記事だった。復帰した辻元さんに、自民党国対委員長の中川秀直氏が、「お帰りなさい」と声をかけたこと。かつて政界を追われた時、質問に立った民主党議員が「私はあなたの才能を高く買っています。もう一度出てくるように」と語ったこと、現代表の前原誠司氏も心配してくれたこと。党派を越えて人物を評価し、尊重できる、我々にはなかなか伝わって来ない政治家のプラス面を垣間見せてもらった。
本会議場での首相指名選挙の後、辻元さんは大政翼賛会的巨大与党と対決しようという決意を新たにしたという。「大政翼賛会的」、私もそう思った。どう考えても異常だ。その熱意と行動力で、また政界にバランスを取り戻してくれることを期待する。
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2005年07月16日
自殺
朝日新聞の記事。2004年度の自殺者がまた3万人を超えたそうだ。98年に3万人を超えて以来、下回った年でも2万9千人。ほぼ、毎年このペースで自殺者が出ているのが、この日本という国だ。
それにしても、自殺が死因の6位を占める国なんて、ほかにあるのだろうか。20~39歳では、実に死因のトップだ。明らかに、何かが腐っている。この日本という国は、そこで国民が生きるに値しない腐った場所ということだろう。実際、子供達が外国に比べて明らかに希望を持っていない。確か、他国の80%台の数字に対して、日本は50%行くかどうかという体たらくだったように記憶している。子供達の目にさえそう見えるのであれば、自殺する方がまともで、生きている我々の方がどうかしているんじゃないか、という疑問も、まんざらバカげた冗談とも言えない気がしてくる。
イスラム圏のレジスタンスとして自爆テロが習慣化しつつあるが、民族、宗教、国家のために命を投げ出す彼らと、日本人の心性とがなんとかけ離れていることか。今の日本人は、とてもじゃないが、命をかけるほどの価値をこの国に見出すことなどできないのだろう。自爆テロを美化するつもりはないし、評価するつもりもない。私から見れば、それはただの大義名分、いかれたイデオロギーに踊らされた犬死でしかない。だが、かつて第二次世界大戦の際、その行為を全国民をあげて行ったのが、この日本だった。
その敗戦のつけがまわって、日本は外圧、内圧、両面からナショナリズムを封じられている。私個人の感覚では、ナショナリズムは心的にタブーとさえなっている。この日本人という民族は、ナショナリズムを持つと何をするかわからない、そうした怖れが心にあるからだ。その反動なのかどうなのか、サッカーのナショナルチームの国際試合は異様に燃える。昨年の中国でのアジアカップの日本バッシングの時など、中国人の気持ちは分かるが、心底腹が立ったくらいだ。「おまえら、政治とスポーツの区別もつかない野蛮人か?」と、軽蔑すら覚えた。
もしかすると、人は、自己を帰属させる寄る辺が必要なのかもしれない。民族であれ、宗教であれ、国家であれ。帰属する場所があって初めて、自己主張も自己実現もリアリティーを持つのかもしれない。己一人で立つ、ということが、人はできないのではないだろうか。この穢れ切った人間が、そんな謙虚さを持ち合わせていると考えるのは非常に抵抗があるが、そう考えないと、どうも辻褄が合わない気がする。
たぶん、その人の心の中を覗けば、今のイスラム圏の自爆テロの実行犯は、自分の行為、死に、素晴らしい意義を見出していることだろう。輝かしい死=輝かしい生、とでもいった感じか。かつて天皇陛下万歳を叫んで死んで行った日本人のように。自爆テロとは言わないまでも、民族、宗教、国家のために戦う人々もまた、そうした価値観、手応えを感じているのだろう。帰属する世界が確固としてあるから、良かれ悪しかれその帰属する世界のために行う行為の反動として、自分の存在感、価値観も実感できるという訳だ。
日本人は、世界的に、唯一そうしたナショナリズムを封じられた国だ。なにせ、国旗を掲げること、国歌を歌うことにさえ、自らが恐怖するくらいの国なのだから。もしかしたら、戦後、そうした国でそだった日本人は、国家、民族といった帰属すべきものを持たないために、自分自身の存在感、価値観も希薄になっていったのではないだろうか。言い換えれば、人は、国家、民族といった帰属すべき集団、価値観なしに、自分という存在を保てないのではないのだろうか。
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2005年05月13日
人は…
人は、果たして前に進んでいるのだろうか?
日本でも、「飢え」はつい50年前までは深刻な現実だった。文字通り、食えないために死んで行く子供達が存在していたし、人減らしのために殺される幼児、売られる少女達が存在した。その悲しみを伝える伝承、物語も、少なくとも私にとっては遠い世界の絵空事ではなく、地続きの生々しい現実だった。
高度経済成長期に私は育ったが、その頃の日本にもやはり貧困、飢えは厳然として存在していた。というより、しがない大衆がいよいよそこから脱却する時が来たのだ、といった上昇意識が強く、その意味で飢え、貧困は人々の前提として存在していたように思う。歴史を鑑みても、人類はまず何よりも「飢え」と現代に至るまで戦って来たのだ。
飢え、貧困が、現代で完全に払拭された訳ではない。問題なのは、持つもの、持たざるもの、の二極化が進んで行くことなのかもしれないが、共産主義はその先進的な思想故に、またその裏返しとしての制度の未熟さ故に、資本主義に座を譲ったかの感がある。その間隙をぬって、かつてのローマのように繁栄を謳歌しているのが欧米諸国、及びその同胞たる日本というところだろうか。
「飢え」と並んで問題なのが、殺戮だ。「人権」などという高級な思想が生まれたのも、人類の歴史でみればついこの間のことだ。それまでは、支配するもの、されるもの、そして、支配する者達の覇権争いによって支配される者達が大量に死んで行く、というのが人類の構図。三国志を紐解いてみるがいい。お得意の誇張をさっぴいても、戦死者の単位は何万、何十万だ。それはヨーロッパでも同じ事。戦争をやめよう、なんて合い言葉すら、歴史的にみれば人権思想の成熟によって、ゴミみたいな庶民に権利が与えられた最近のできごとなのだ。もっと言えば、米英、あるいは仏といった国の人々が、闘争によって勝ち取って来た権利、概念のおかげなのだ。
だから、欧米の諸国は戦うのだ。彼らの世界を脅かす、あるいは脅かしかねない者達と。アメリカのやり方が行き過ぎたものだったかどうかはともかく、彼らは敵に敏感だ。そして、誇り高い、アラブの人々もまた、彼らを攻撃したアメリカに対して敏感だ。
自爆テロの報道を見て、命がけで自国を守ろうとする彼らに、たとえばかつての日本の特攻隊をイメージして感動した人もいるのかもしれない。だが、それはたぶん間違いだ。残念ながら、日本の特攻隊の若者達がそうであったように、彼らは踊らされている。
自衛隊を含めて、イラクの人々がアメリカ主導の各国軍隊を嫌うのは当然だし、ゲリラ的にそうした国々、軍隊に抵抗するのも当然だろう。誇り高いアラブ人なら、なおさらのことだ。が、フセイン拘束後、我々は何度イラク人によるイラク人の無差別テロを知らされただろう。今月に入ってからだけでも、既に100人以上のイラク人が無差別テロによって殺されている。昨日のCNNの記事では、殺された西側諸国の一般犠牲者はトータル300人ほどだそうだが(軍人は含まない)、イラク人の犠牲者はそんなものではすまされない。アメリカよりも、英国よりも、どこの国よりもイラク人の犠牲者が圧倒的に多いのだ。そして、それを行っているのは、言うまでもなく当のイラク人なのだ。
最近の一例。5月4日。
職を求めるイラク人の行列に爆弾を持った男が自爆。50人以上が死亡。
あなた達は、いったい何をしているのか。何が、アメリカが悪いだ。あなた達は、自らの手で、アメリカとなんの関係もなく、自分の国の一般の人たちを、ごく普通の生活を送っている人たちを、ごく普通の生活の中で「大量に殺戮している」ではないか。それが、アラブの正義だとでも?
人類の歴史において、殺戮はこんなものではなかった。女子供も容赦はない。むしろ、おもしろ半分に兵士達の戦利品として強姦、拉致、殺戮されて来たのが普通と言っても過言ではない。対して、今の戦争には、不思議な事だが倫理がある。捕虜にこんなことをしてはいけない、敵に対してこんなことをしてはいけない、こんな武器を使用してはいけない…等々。「戦争にも倫理がある」、それが少なくとも進歩した人の姿だった。だが、テロにはそれがない。日中、食事をしているその横で、同胞が爆死する、それが倫理なき今のイラクだ。イスラエル、パレスチナもそうだし、アイルランドもそうであった。戦争は、よそで(戦場で)やる、ということすら、現代では期待できそうもない。人は、退化を始めている。
人権思想のおかげで、生まれながらに高貴な者、下賤なもの、という差別がなくなった。簡単に言ってしまえば、エリザベス女王と、私は平等、ということだが、残念ながら、その思想は世界平和という観点では、クソの役にもたっていないらしい。どこの世界にも、ただ、暴力を振り回すだけの輩というのはいる。絶望するつもりはないが、今のイラクはアメリカだろうが自国人だろうが、殺せる相手さえいれば誰でも良いように見える。アラブの人々は、これが彼らの望む世界だとでもいうのだろうか。
人が、常に前に進んでいる、と思うのは恐らく幻想だ。そう思いたい、人々の幻想だ。結局のところ、不完全な人間が自ら造り出した不完全な世界で騒いでいるだけのことなのだ。永遠にその不完全さから来る歪みが消えることはない。過去の野蛮な世界に比べ、少しずつでも前に進んでいるのではないか、そう私は思っていたが、この不完全な人類に過剰な期待はしない方が良い。歴史は繰り返すのだ。なぜなら、類としては理念的に成熟しても、今を生きているのは常に不完全な、欲望と不平不満で満ちた未熟な存在達だから。我々にできる事は、せめて絶望して地に堕ちて行くことのないように、希望を持っているかのように振る舞うことだけだ。
イラクも、子供達を見ると、日本と変わりはないな、なんて思いながらテレビを見ていた私は、例によって甘かった。まだ、小学校に入るかどうかくらいの男の子が語っていた。「母を殺したアメリカを許さない。大人になって、必ずアメリカ人を殺してやる。」。そう語る横に、銃を持って重々しい顔をしている大人がいる。この子は、憎悪を、復讐を、こんな時から増幅され、戦闘マシンに教育されている。こんな子がくさるほどいるということなのだろう。なるほど、自爆テロの部品には事欠かないという訳だ。これも、イラク人のイラク人による、イラク人のための教育の一貫なのだろう。いつか、爆弾を抱えてくたばる日を夢見て、子供達はせっせと今を生かされている。
投稿者 gunship : 22:08 | コメント (3) | トラックバック
2005年01月31日
死者蘇生~いまどきのこども~
小学生から中学生までの子供らに死について質問したところ、およそ一割が死者は蘇る、と考えているらしい。わからない、と答えた子供も含めると半数近くになる。なにも小学校低学年に偏っているという訳ではない。中学生でも同じだ。週刊朝日、2月4日号の記事。
「死者は生き返ると思いますか?」 回答:はい、わからない、いいえ。
これがその問いだ。そして、「飛行機は生きていると思いますか?」、「テレビは生きていると思いますか?」、「人形は生きていると思いますか?」…と続く。飛行機、テレビが生きている、と答えたのもだいたい一割。もちろん、中学生でもだ。人形に至っては、約二割が生きている、と答えている。わからないを含めると、その数はぐっと増える。
「死者蘇生」。デュエルモンスターズ「遊戯王」に出てくる有名なカードだ。ゲーム、TVの影響を性急にあげつらうのは短絡的だ。むしろ、彼らが死と出会う経験の少なさの方が問題なのだろう。虫を殺す。魚を殺す。こう書くと毒々しいが、私が子供の頃はたいていの子供が遊びを通してしていたことだ。そして、殺した虫が蘇ることなど決してないことを、実体験で学ぶ。あるいは飼っていたペットの死を通して、どんなに泣き叫んでも返ってこないことを学ぶ。老人達が身の回りから姿を消すと同時に、人間の死も我々のそばを離れたかのようだ。巷には、毎日毎日、いやというほど殺人の報道が繰り返されているにも関わらず。
「来世はあると思いますか?」 はい、わからない、を合わせると半数以上になる。現代は、怪しく呪術的な観念に彩られているようだ。
投稿者 gunship : 21:29 | コメント (0) | トラックバック
2004年10月02日
ベスラン学校占拠事件2 ~アネッタの選択~
CNNが、ベスランの悲劇を新たな視点から伝えた。だが、残念なことにその記事はもう閲覧できない。たぶん、新しい記事にスペースを奪われたのだろう。だが、この記事は埋もれてはならないと判断した。Googleのキャッシュから全文を引用する。
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アネッタの選択 ベスランの悲劇
2004.09.16
Web posted at: 10:16 JST
- CNN
ロシア・ベスラン(CNN) 300人以上が犠牲となった当地の学校襲撃テロ事件から2週間。ベスラン各地の学校で授業は再開されたが、人々は悲劇の記憶に苦しみ続けている。約50時間に及んだ学校占拠では、様々な悲劇・惨劇が展開した。そして人質となった多くの母親は、ほかの親子たちを解放するため自分の子供を置き去りにしなくてはならないという、過酷な選択を迫られた。中でも子供2人と一緒に人質となったアネッタさんは、1歳の娘を連れて脱出するため、9歳の娘をテロリストたちのもとに置いていく羽目になった。
占拠事件の渦中、武装グループは当局と交渉の末、乳児を抱えた母親の一部だけ解放することを受け入れた。しかし、赤ちゃん以外の子供は、解放を許されなかった。
2人の子供を抱えていたアネッタさんは、犯人たちに訴えた。自分はここに残るから、9歳の娘が自分の代わりに1歳の娘を抱いて外に出るから、それを認めてくれと。
しかし犯人たちは譲らなかった。アネッタさんが下の子供を連れて外に出ないなら、ほかの誰一人として自由になるのを認めないと。
「長女は私をじっと見つめていました。あれからずっと、彼女の瞳が脳裏に浮かぶんです」とアネッタさん。
長女のアラナちゃんは泣き始めたという。
「私は長女に向かって言ったんです。『アラナ、いい子ね。かしこい子ね。待っててね』って」とアネッタさんは話す。
アネッタさんはこの後、ほかの母子たちと一緒に、占拠された学校を出た。ほかの母親たちも、同じような選択を強要されていた。アネッタさんがアラナちゃんの生きた姿を見たのは、この時が最後だった。
アネッタさんと1歳の娘が自由になってから24時間後、アラナちゃんはまだ人質として校舎内にいた。
そして、体育館で大きな爆発が起きた。
「爆発が起きたとき、アラナはおそらく、走って逃げだしたんだと思う。首を撃たれて、弾が残っていたから」
そう語るアネッタさんはあれから毎朝、墓地に向かう。毎朝、アラナちゃんに謝り、許して欲しいと願うのだという。
「ママが守ってあげられなかった。ママは助けてあげられなかった。あなたを置いてきてしまった。あそこに残ったら、3人とも死んでしまうと思ったの。どうして夢に出てきてくれないの?」とアネッタさんは墓前で嘆く。
アラナちゃんは2年前、クラスのトップとして卒業生への送辞を述べた。その時の言葉が今改めて、別の意味を帯びるようになった。
「みなさんのために歌を歌うのは、これが最後です。私はこれからも学校で生き続けますが、みなさんにとって私は昔の思い出となります」とアラナちゃんはかつて語った。
アネッタさんが住むアパートのベランダからは、破壊された学校が見える。アネッタさんは学校を見下ろしながら、自分の「選択」の重みを抱え続けている。
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もし、人間に本当に宗教が必要だとしたら、それはこのような時だ。誰が何を言っても、アネッタはアラナの目を忘れないだろう。そして、誰もアラナに変わってアネッタに語りかけることはできないから、もしかすると、アネッタを救うことは決してできないのかもしれない。
もう、20年くらいも前になるが、この記事の題名の元となった映画「ソフィーの選択」を繰り返し見た時期がある。見たかったというよりも、見ざるを得なかった、という感じだ。そして、そのソフィーの「選択」の瞬間を繰り返し見るうちに、私の中で決定的に何かが壊れた。以来、ソフィーと同じように、私はその後の黄昏れを生きているような気がする。劇中に流れる「主よ、人の望みの喜びよ」。残念ながら、この曲も彼女を救うことはできなかった。
アネッタ。大丈夫、アラナはあなたを恨んではいない。残った子供と共に、あなたは、幸せになっていい。
…
投稿者 gunship : 05:48 | コメント (0) | トラックバック
2004年09月07日
ベスラン学校占拠事件
自爆テロの場所にたまたま子供が居合わせたというだけでも十分悲しむに足るでき事だが、
残念ながら、今回の事件は、最初から、計画的に、明確な意志を持って、何百人もの子供の命が狙われた。
犯人は誰だ?
チェチェン共和国か?
'91年の独立以後、岩手県ほどの小さな国土にロシアは10万もの大軍を送り込み、チェチェン国民の1/4がその闘いの中で命を落としたという。
http://groups.msn.com/ChechenWatch/general.msnw?action=get_message&mview=1&ID_Message=1435
ロシアに対する憎悪が、強い国民感情として醸成されて行ったであろうことは想像に難くない。
だが、だとしても、チェチェン共和国の人々の目は、罪もない子供らを、意図的に狙い、殺戮するほどに曇ってしまったというのだろうか?
そんな血まみれの手で摑んだ国で、血みどろの残虐な者達と「共に生きたい」というのだろうか?
チェチェン共和国大統領アスラン・マスハードフのオセチア-アラニア大統領と国民へのメッセージ
一筋の光明と思いたいのはやまやまだが、我々は果たしてこの言葉を信じて良いのだろうか?
事件への関与を否定し、交渉に参加して人質を解放しようとさえした大統領が、この殺戮を命じるはずがないと。