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記事No.304 [藤掛さん、すごかった] 返信ページ
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■304  藤掛さん、すごかった 
□投稿者/ 稲垣 一般人(1回)-(2016/05/26(Thu) 01:07:51) [ID:9tKmrbPJ]
親記事
引用

2016/05/26(Thu) 01:09:16 編集(管理者)
2016/05/26(Thu) 01:08:38 編集(管理者)

2016 マンドリン音楽祭

藤掛さん。すごかった。
参加して、良かった。
生きていて、プレーしていて、良かった。

最初のTOP会の練習指導から参加しましたが、
藤掛さんが一貫しておっしゃっていたことがあります。
楽譜はただの紙、だ。
演奏されなければ、なんの価値もない。
そして、人は、演奏者は、違うからいい。
もし、みんなが同じ演奏をしなければいけないなら、
1枚のCDがあれば良い。
みんな、それを聞いていれば良い。
人は、演奏は、皆、違うから良いのだ。

衝撃でした。
ほんとに、衝撃でした。
たとえば、同じパートの中ですら、
人それぞれで、演奏方法、表現の仕方は違っていい。
彼は、そうおっしゃいました。
違う個性の集まり、それが全体として作り上げる音楽。
そんなオリジナルなものを、彼は見つめているのだ、
と知りました。

実際、藤掛さんは、本番前日に、
パストラルの弾き方を変えました。
CODAのギターの休符を取った。
これ、ない方が良い。
休符取って、消音しないで、って。

今回のパストラルの楽譜にも書いてある。
2010と。
彼自身、パストラルの編曲を変えている。
大切なのは、楽譜に忠実なことではない。
その曲を、今、この時の中で、
自分達がどう解釈して表現するか。

ギターパートの席からは、
いつもメロディは少し、遠く聞こえてしまう。
が、今回は違った。
ステージ上で、あんなに圧倒的なメロディーを、
聞いたことがない。
流れ込むすさまじいパストラルの美しいメロディーに
心が、胸が、震えた。
あまりの幸せに、涙が出た。

アンコールのパストラルのCODAの手拍子、
ふるさとのお客さんの合唱、
会場全体を一体化させた藤掛さんのセンスには
ただただ、感動させられました。

幸せ、でした。


■310  Re: 藤掛さん、すごかった 
□投稿者/ 稲垣 一般人(3回)-(2016/06/04(Sat) 18:15:12) [ID:9tKmrbPJ]
Res3
引用

ゆきさん(? なんか調子狂いますが)、
もろもろありがとうございます。
私こそ、楽しかったです。
例の件、嫁さんともども絶対行きますので、
よろしく。

多様性、共感、共有。
時代が変わりました。
上から下へのヒエラルキーの時代、
誰かが何かを所有する時代から、
いろんな人が横につながる時代、
皆が共有する時代に変わりました。
国境すら超えて。

ある意味、私たちアマチュア音楽家は、
保守的で、硬直的だったのかもしれないな、と感じました。

指揮者はこうで、演奏者はそれに対してこうで、
パートはこうで、トップはこうで、
クラブはこうでなければ…。
別に、規則がある訳でもないでしょうに。

音楽は、自由で良い。
今回、藤掛さんに接して、一番感じたのがそれです。
「演奏は違うから良い」
そう、違うから同じ曲を弾いても、
聞いても、楽しいのかもしれない。
この演奏は好きだな、嫌いだな、を含めて。

初日のTOP会指導日に、飲み会に参加しました。
2次会で、彼らに聞いてみました。

演奏は、演奏者は、違うから良いって、すごくない?

すると、皆、口をそろえて言いました。
ですよね。だったら、毎回、演奏は違っていい。
そうそう、今日はなんか、みんなこんなテンポみたいだから、
こんな感じ?、とか、
なんか、今日はこんな感じがいいんじゃない、とか、
そんな気分を共有して弾いても良いわけじゃないですか?

話してて、私も同感で、だよね!
と、わくわくしました。

楽しかった、な。
藤掛マジックですかね。
ほんとに、参加して良かったです。
最高!

じゃ、また、一緒に飲んで下さい。

 

■311  Re: 藤掛さん、すごかった 
□投稿者/ ゆき 一般人(2回)-(2016/06/09(Thu) 17:04:31) [ID:GU04MsQo]
Res4
引用

稲垣君の文章に触発されて、いろいろと考えてしまいました。

その前に、「例の件」、
ぜひ、辛口の批評をよろしくお願いします。
今の予定では、9月26日に開店します。(息子の誕生日!)

さて、
稲垣君の文章を読んで思い出したのが、
もう亡くなった指揮者の岩城宏之さんの文章でした。
彼は、たくさん本を出していて、指揮者や楽団の裏話をたくさん書いています。
その中で、彼がウィーンフィルを指揮した時のことです。
(20年近く前に読んだ本なので、ちょっと不確かではあるのですが。)
リハーサルも終えたあと、演奏会本番前の舞台袖で、
奏者の一人が岩城さんに言ったそうです。
「イワキ、今日は雨が降っているから少し遅めのテンポで振ったほうがいい。」

曲のテンポというのは、指揮者にとって曲の解釈に関わることだから、
天候によってそのテンポを変えるなんてありえない! 
と当時の僕は思いました。
でも、岩城さんはその忠告に従い、演奏会は成功だったそうです。

演奏する側も、聴く側も、生身の人間ですから
一期一会の演奏会で、音楽を心から楽しむことができるかどうか、
それが、演奏会の良し悪しを決めるのかもしれません。
曲の絶対的なテンポ、絶対的な解釈など、ないのかもしれません。

だから、自由……?

ただ……、
と古い人間である僕は思うのです。
稲垣君が書いていたように、
「こんな感じ」で弾いていいのかな、って。
ジャズならいいです。
演奏者同士が触発しあいながら、音楽を作っていく。
クラシックでもデュオ、トリオ、カルテットなら可能でしよう。
…大編成でも協奏曲なら、独奏者と指揮者・団員との間の緊張関係で成り立ちます。
…そう考えると、オケも指揮者と演奏者(団員)との兼ね合いで、可能なのかもしれない……。

ああ、ちょっと混乱してきた。


「気分」や「自由」という言葉のとらえ方が、
稲垣君と僕とでは、きっと違うのでしょうね。

もしかしたら同じことを考えているのかもしれない、
とも思えてきた。

まだまだ、考えていたことはあるのですが、
混乱してきたので、ここでやめます。

稲垣君、反論、待ってます!


 

■312  Re: 藤掛さん、すごかった 
□投稿者/ 稲垣 一般人(4回)-(2016/06/11(Sat) 06:04:57) [ID:9tKmrbPJ]
Res5
引用

ハッハッハ。面白いな。

そのウィーンフィルの雨の話は、
岩波新書「フィルハーモニーの風景」に出て来ますね。
私も読みました。

 「昨日のハイドンのテンポは良かった。
 でも今日は土曜日の午後だしジトジト雨が降っているから、
 遅めにしてごらん」
 翌日曜日の朝は、別の忠告に来た。
 「今日はいい天気だ。テンポをちょっと速めにした方がいいだろう」
 ウィーンフィルの音楽家たちは、こんな計算をしながら、
 常に生き生きした音楽を聴衆に提供しているのである。

私がさらにびっくりしたのは、次の箇所です。
演奏会後、カールベームの指揮に感動して、
彼の偉大さを夢中で話す岩城さんに、楽団員が言った言葉。

 あのジイさんの棒の通りに弾いたらエライコトになるんだぜ。
 もうすっかりモウロクしているからテンポは延び放題だし、
 手がブルブル震えっぱなしで、何がなんだかわからないんだ。
 でもとにかくエライ指揮者だし、いや、偉大なひとだったんだから、
 お客さん期待と感動に水を差さないように、おれたちがカバーして
 やってるのさ。苦労するよ。ショウバイ、ショウバイ。

他にも、カラヤンの指揮に逆らって、彼の棒とは全く関係なく、
もっと速いテンポで整然と弾いた話なんかも出て来ます。

すごいなー、とつくづく驚きました。
事の良し悪しはともかくとして、もはやここまで来ると、
個性、としか言いようがありません。

このカラヤンの件に触れ、岩城さんが次のように言っています。

 カラヤンに抵抗し、彼の棒とは全く関係のないテンポで、
 整然と弾きだしたあのアンサンブルの秘密は、
 いったい何なのだろう。
 コンサートマスターが大袈裟に合図をしたわけではない。
 実に不思議だった。
 1977年に、初めてウィーン・フィルの定期演奏会を
 指揮したときに、ぼくにはこの秘密がわかったような気がした。
 要するに、超高度のアンサンブル能力に加えて、
 彼らは大編成の交響楽曲を、弦楽四重奏と同じ態度で演奏しているのだ。


「だから、自由……?」

私も古い人間です。
このゆきさんのとまどい、分かります。
何か、これ、という絶対的な価値観があった方が、
安心で分かりやすい。
逆にそれがないと、不安になる。

「人間は、自由の刑に処せられている」
サルトルの言葉を思い出しました。
実存主義哲学。なつかしいな。

今にして思うと、個、を基盤にして物を考える彼らからすれば、
自由はそう映ってしかるべきなのかもしれない。
この言葉に出会った時、私も深く共感した覚えがあります。

でも、時代が変わりました。
人がつながり、共有する時代。
誰かが、何かを作り、所有する時代は
過去のものになろうとしています。
だから、例えば指揮者がこうと考える音楽を頂点として、
演奏者がそれを作り上げて行く、という
ある意味ヒエラルキー的な音楽から離れ、
指揮者、演奏者、みんなが共感しあいながら、
その時々を共有するような演奏というのも
ありのような気がします。

そこにある自由は、
ぽつんと、虚空に立つ 個 ではなく、
人々とのつながりとともにある。
「自由の刑」などと怯える必要のない、
安らかさがあるような気がします。

 

■313  Re: 藤掛さん、すごかった 
□投稿者/ ゆき 一般人(3回)-(2016/06/11(Sat) 09:25:15) [ID:GU04MsQo]
Res6
引用

なるほど。
深いね。

岩城さんの本に、そんなことも書いてあったか。
ずいぶん昔のことだったから、
どの本だったかも、題名も忘れてしまっていた。
本棚のどっかにあるから、また読んでみたくなった。
ベームやカラヤンの話、面白いね。
すっかり記憶から抜けていたよ。

前回の僕の文章で「混乱」してしまった部分、
ウィーンフィルやベルリンフィル、
というか、一流のオケはやっているんだね。
弦楽四重奏のような演奏を大編成のオケでやっている。
であれば、すごい演奏もできるはずだ。

ところで、昨日の札響の定期、
広上淳一さんの指揮で、
シベリウスのVn.協奏曲と
ショスタコーヴィチの8番をやった。
どちらもすごい演奏だった。

これは広上さんの指揮の力だと思った。
彼は、指示しすぎと思えるくらい
細かく指示を出すのだけれど、
それがオケを縛っているのではなく、
逆に思いっきり弾かせているように感じたんだよね。
オケが解放されている感じ。
それこそ「自由」の感覚。

広上さんとオケが一体となっているというのかな。
指揮者と演奏者が触発しあいながら音楽と向かい合っている、
一緒に作り上げている、
そんな感じ。

ただ、広上さんの指揮が気になりすぎて、
途中、目をつぶって聴いたり、
広上さんの方を見ないで聴いたりしていた。

きっと他の人は違う感想を持ったのだろうけど、
素人の僕としては、とっても感動した演奏会だった。
この「往復書簡」(?)の流れからすると、
グッドタイミングだった。




 

■315  Re: 藤掛さん、すごかった 
□投稿者/ 稲垣 一般人(5回)-(2016/06/12(Sun) 17:00:41) [ID:9tKmrbPJ]
Res7
引用

ゆきさん

もろもろ、楽しかったです。
ありがとうございます。

最後に。
音楽祭のCDを聞きました。
いやー、良かったです。
あまりの人数のため、たぶんボロボロか、と
思っていましたが、違いました。
藤掛さんへのリスペクトですね。
気持ちが入っています。
良い演奏です。
参加できて、幸せです。

きっと、藤掛さん指揮の
参加人数ギネスなんじゃないかな。
北海道から、パストラルのギネスを発信できたなら、
うれしい限りですね。

CDを聞いて、一番うれしかったのは、
お客さんの手拍子でパストラルのCODAを弾いたところ、
そして、何より、モルダウで
お客さんが故郷を歌ってくれたところ。

指揮者も演奏者も、何より、お客さんも、
みんなが楽しめたなら最高。

なんか、いいものに出会った感がします。

 

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△[304] 藤掛さん、すごかった へ返信
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